第67話 カレーで済ませたい日もある問題

 琴子は、大衆食堂でカレーを食べている。


 いつもは定食系なのだが、今夜は孝明もカレーにした。

 文化祭に漂うカレーの香りに鼻を刺激されたからだろう。


「心臓止まるかと思った」

 琴子が、孝明に憧れの眼差しを向けてくる。


「それはオレのセリフだ。必要以上に緊張したぜ」

「でも、コメくんの仕事っぷりを見られてよかったよ」


「後輩の引き継ぎをしただけだ」

 パートナーの補佐だけしていればよかったから、楽だった。


「うちの後輩が、悪かったな」


「いいよいいよ。公式でイチャイチャできたし」

 琴子が、膝の上で手をモジモジさせる。


「イチャイチャって言うなよ」

「あれはイチャイチャでしょー」

「介護だぞ、あそこまでいくと」


「フードライターって聞いていたけど、あれがコメくんの仕事っぷりだったんだねー」

 両手で頬杖をつきながら、琴子が虚空を見上げる。

「なんかカッコよかった」


「そ、そうか」

 孝明は照れくさくなった。


「お前も、学校ではあんな感じなんだな」


「言わないでよ! すっごい、恥ずかしかったんだから!」

 耳まで赤くして、琴子はカウンターに突っ伏した。


「背徳的だった。自分の彼女ががんばってるトコを見るのは」



 テーブルに顔を埋めたまま、琴子は孝明の肩を一発強く叩く。



「学校にいる琴子を見ていると、やはりお前も学生なのだな、と思わされた」

「まあ、学生だし。当然だよね」

「そりゃそうなんだけどさ」



 大人になると、学校に行く機会自体があまりない。だから、新鮮な気持ちになった。



「でもハズい。普段の自分を見えられてる気がして、ドキドキした」



「その、かわい、かった。お世辞抜きで」



 琴子同様、孝明も当時を振り返って赤面する。他人のフリするのは、大変だった。



「コメくんの助手さん? がさぁ、変な無茶振りするしさ」

「オレの方が、助手だったんだけどな」

「そうなの?」


 天城と津村の、若手中心で考えてきた企画だ。

 孝明は口を出していない。


「ちゃんとエスコートしていたよね」

「まさか。あいつはよくやったよ」



 今後、天城には一人で取材に行かせても大丈夫と、若菜社長には進言してある。




 なぜか、大将が振り返り、孝明に視線を向けてきた。



「どうしたんだ、大将」


「あ、いや」

 また厨房へ体勢を変えて、大将は仕事に戻る。


「嬢ちゃんよ、料理は上達したか?」


「大将とかに比べると、まだまだだよ」

 琴子は空になった皿を、大将に手渡す。


「バカ言えっての。基準にする方が間違ってらぁ」

「そうだねぇ。家庭料理くらいなら、どうにか作れるようになったよ」


「十分だ。お前さんなら、いつだって嫁に行けるだろうよ」

 大盛りのカレーを皿によそい、大将は琴子に差し出した。

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