第66話 シュークリームは食べづらい問題

「どうなさいました?」

「な、なんでも、ねえよ」

「そうですよね。先輩がモテるなんて、ありえませんよね」

「おう、そうだよ。ありえないって」


 コーヒーの苦みが、やけにキツい。

 自分もカフェラテにすべきだったか、と孝明は思った。


「先輩って最近、雰囲気がガラッと変わりましたよね?」

「何が、どうだってんだ?」

「女性に優しくなった感じがします。私にだって」


 天城の指摘は、その通りかも知れない。


「以前は、私にも分け隔てなく、男性社員と同じように指摘したり叱ったりしていました。今は、丸くなった気がします」

「環境が変わっただけだ」

「いいえ。明らかに物腰が柔らかくなりました。それと」


 もったいぶりながら、天城は言葉を続ける。


「お休みの翌日になると、先輩って目がショボショボなんですよ」

「ああ。映画見るからな」



 月額制の配信サイトで映画を見るのが、孝明にとって唯一の娯楽時間だった。



「でも今は、活き活きとしているんですよ。先輩らしくもない」


 追加で頼んだシュークリームを、天城は一口で食べきる。



「先輩、何かありましたよね?」

 ズイと、天城が迫ってきた。



「何もねえよ。単に、歳取ったせいだろ」

「その歳で機嫌がいいっていうのが引っかかるんですよ。いい人でも見つかったとか?」


 まさか、琴子と親しくしていたのを、疑っているのでは?


「なんでもないって」

「密かに婚活サイトを利用なさっているとか。プロフィールを盛ったら、意外とモテモテになっちゃって、引く手あまたに。けれど、実際に会ってガッカリされて」

「利用なんてしてねえ。お前の妄想はすべてデタラメだ」

「あくまでもシラを切りますか」


 天城は、豆乳ラテを一気に飲み干す。テーブルには置かず、おかわりを要求した。


「話したくない事情がおありな様子なので、追求は避けます。別に先輩のプライベートなんて、興味ないし」

 それに、と天城は続ける。

「今の先輩の方がいいな、って私は思います。昔の先輩は、誰に対してもトゲトゲしかったから」


「そうだったのか、悪かった」


「素直に謝らないでください。言ったこっちが照れくさくなります」

 天城は、両手をブンブンと振った。


「もし、先輩にいい人ができたのなら、応援だけはできます。カレシいない歴=年齢の非モテなので、女の立場でアドバイスなんてできませんが」

 首を傾けながら、天城は苦笑する。


「サンキュな、天城。お前にも、きっといい人が見るかるよ」


「だったら紹介してよぉ」

 聞こえないと思ってか、すぐ後ろで、天城はポツリと呟いていた。

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