第63話 知り合いが働く姿は、つい見入ってしまう問題

「どうしました、先輩? しみじみとした顔になって」

 孝明を不審がった天城が、声をかけてきた。


「いや、生徒たちがうらやましくてな」

「ボーッとしてないで、A賞から見て回りますよ。先輩」


 生徒会の投票によって、優秀賞を取った屋台から見て回る。

 何事もなく取材を終えて、次の取材先へ。


「カメラをスマホにしといて、正解だったな」

「ホントですね。みんな無抵抗でしたよ、先輩の発想が勝ちました」


 プロカメラマンとしては、失格だろう。それでも、孝明は自然体にこだわった。


「デカいカメラだと、どうしても構えてしまうだろ?」


 本格的なフェスならカメラを扱うすべきだろう。

 が、今日は祭りだ。楽しんで欲しかった。


「撮影しているとき、女子に肩を組まれましたよ。学生だと思われたみたいで」


 カメラクルーである腕章こそ付けているが、天城は身長が一五〇センチもない。中学生だといっても通じるだろう。スーツ姿も、「中学生のコスプレ」と形容してもよかった。

 バリバリ仕事ができる娘なので、口には出さないが。


 そんな彼女だからこそ、生徒の本音が聞き出せると踏んだ。結果は上々である。


 スマホで撮ろうと思ったのも、日常的なツールに収めておきたかったのかも知れない。

「当時、こうありたかった自分」を。


「あそこです、和泉先輩」


 屋台で調理をする琴子の姿が見えてきた。


「え、コメくん!?」


 思わず声が出てしまったのだろう。

 孝明の顔を見るや、琴子が声を上げてしまった。

 イケナイと思ったのか、口を手で塞いでいる。


 声に出さず、「バカ」と琴子に合図を送った。


 琴子が胸の前で手を重ねる。


 観察眼の鋭い天城が、何かを察知したようだ。

「ちょっと、よろしいでしょうか?」


 ツカツカと、ヒールを鳴らしながら、天城は琴子に近づいていく。


「あの、和泉先輩とお知り合いですか?」

 メガネをクイッと上げて、天城が琴子に問いかける。


「知り合いに似ていただけです」


「そうですか。ホッとしました。てっきり先輩がホモをこじらせて、犯罪に手を染めたのかと」


 孝明は、天城の脳天にチョップを食らわせた。


「学生相手に下ネタ禁止」


 生徒たちもドン引きしているではないか。


「失礼しました。わたし、結構舞い上がってますね」


 仕方ない。つい数年前まで、彼女も制服を着ていたのだ。


「B賞のミニ焼きおにぎりというのは、こちらですね?」


 琴子が作っているのは、「たこ焼き器で焼いた、小さいおにぎり」である。

 ビビンパを見て、琴子が思いついた。

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