第57話 ウサギリンゴがうまく切れない問題

 琴子が冗談を言うタイプだと分かっているのに、熱のせいで過剰反応してしまうなんて。


「なんか、ひとりぼっちだとさ、時々寂しくなるんだよね。でもゴメン。重いよね」

「本当に感謝してるんだ。コトコトには」 


 琴子も、不安になるときがあるようだ。見た目は強そうなのに。

 友達だっている。それでも、辛くてどうしようもないときがあるのだ。


 孝明に寄り添うのも、それが原因なのかも知れない。


 それを知らないで、大人の倫理で琴子を縛ろうとしている。


「でもさ、これ以上求めたら、お前がいなくなっちまいそうで、怖くてな」

 頭がクラクラして、孝明に限界が近づく。


「大丈夫?」

「薬を飲んだからだな。平気」

「休んでて。あたし、もうちょっとだけここにいるから」




「すまん」

 孝明は、琴子にカギの一つを渡す。

「スペアだ。持ってろ」



「え、いいの?」

「いいから持っててくれ」


 琴子が帰るときまで、起きていられる自信がない。


「頼りたくなったら、いつでも来い」

「うん。ありがと」


 琴子は自分のキーホルダーに、孝明のカギを付けた。


「でも、誤解するなよ。入り浸っていいわけじゃ、ないからな」

「分かってる。安静にしてて」




 そこで、孝明は意識を手放す。

 



 スポーツドリンクを求め、暗い中で起き上がった。


 時間は、夜の八時を回っている。


 琴子はいない。


 書き置きなども探したが、何もなかった。

 戸締まりがしてあったため、キーは持ち帰ったらしい。


 熱は下がっている。咳も出ない。

 琴子が看病してくれたおかげだろう。


 足をカーペットの上に置くと、違和感があった。

 フカフカなのだ。ゴミも落ちていない。少し前までホコリっぽいと思っていたのに。



 ベランダを見て驚く。

 汚れたスウェットが、洗濯してあったから。


 本来の目的である水を取りに向かうと、台所までキレイになっていた。

 孝明が寝ている間に、洗い物もしてくれていたらしい。




「あいつ……」

 冷蔵庫の中を見て、孝明は吹き出してしまう。




 保管用テーブルに、歪な形のウサギリンゴが鎮座していたからだ。

 ウサギ型が半分、もう半分は、すりおろしてある。


「食欲が戻ったら、好きな方を食べて」


 皿に、そう書き置きがしてあった。

 食べると思ってか、レンジ脇にお粥まで用意してある。


「いただきます」

 夜食として、両方のリンゴをもらう。よく冷えていておいしい。


 これだけ食欲があれば、すぐにでも回復できるだろう。


 寝る前に、メールをしておいた。


『ありがとう、今度、お礼をする』

 短く礼をいう。


『わーい。おやすみー』

 と返事が返ってきた。

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