第55話 風邪の時は何を食べるか問題

 熱が下がらない。

 医者に診てもらったら、夏風邪だという。

 インフルでないだけ、まだマシか。雨の山中をうろついたのが災いしたのかも。


 職場に連絡を入れて、ベッドで休む。温かくして眠っているのだが、まだ身体が震えている。


 眠っていると、チャイムが鳴った。


 時刻を見る。もう昼過ぎだ。 


「コメくん、大丈夫?」

 制服姿の琴子が、玄関前にいた。手にはデパートの袋を持っている。


 家の場所は教えていたが、まさか、本当に来るなんて。


「コトコト、お前」


「風邪引いたって聞いたから、飛んできた」

 孝明の脇をすりのけ、琴子はローファーを脱ぐ。


「いいのに」


「今日は始業式だけだから、来ちゃった」

 最近の高校生は、夏休みが減ったと言うが、本当のようだ。


「わーココがコメくんのお家かー」

 モノクロ調の殺風景な部屋を覗かれて、孝明は少し照れくさくなった。


「でもちょっとホコリっぽいね。お掃除してる?」

「その暇がなくて」


 最近は取材や編集作業で、家に無頓着になっている。


「さてさて、男子は疲れていると性欲を持て余すと聞きますが?」

 エロ本を探すためか、琴子がベッドのスキマなどを覗く。


「コトコト、調子に乗るなよ」



「ふざけに来たわけじゃないから」

 琴子の口調が急に真面目なモノへ変わる。



「分かってるけど。うつしちまう」

 怒る気力も失せて、ベッドに腰掛けた。


「いいの。あたしが無理を言って山に行こうって誘ったんだから」

「それこそ気を使いすぎだ。気温を気にせず薄着で登っちまったから」


 ここで自責の問答をしたって、不毛なだけである。

 孝明は身体をベッドへ投げ出した。


「デパートでさ、いろいろ買ってきたから」

 琴子が、袋の中身を取り出す。


 ハチミツやレモン、リンゴなどである。


「色々とスマン。それだけくれ」

 袋の中から、孝明はスポーツドリンクを抜き取った。胃の中を水分で満たす。 


「おかゆ作ろうか?」

 レンチンで作れるお粥を、琴子は袋から出した。

「これなら待たなくても、すぐできるよ。ホントは作ってあげたいけど、まだ自信なくてさ」


「いやいい」

 気持ちはありがたいが、孝明は首を振る。 


「お腹に何か入れた方がよくない?」

「食欲がないときは、何も食べない方がいいんだ」


 風邪引きの時に食べると、治りが遅くなってしまうらしい。

 栄養を取ると、消化にエネルギーを消耗してしまうからだ。

 よって、風邪をひいているときは何も食べず、安静にしている方がいい。

 水を飲むだけでいいのだ。



「そっか。桃缶とか買ってきたんだけど、無駄になっちゃったかあ」




 白桃の缶が、スーパーの袋からチラリと覗く。

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