第54話 すべてが山価格になる問題

 琴子からもらったパスケースを使って、バスに乗る。


 今日は、山にピクニックへ向かう。

 この前が海で、次が山か。


 現地の食べ歩きがメインであるため、琴子は弁当を持ってきていない。

 この辺りは、琴子らしいと思う。


「そう考えると、わりとデートしていると言えなくないか?」

「ちょっと違うんだよなー」

 恋愛の達人オーラを出しつつ、琴子が首を横に振る。


 つい最近まで男性遍歴がなかった人間に、恋の何が分かるというのか。


 バスがだんだんと、細い道を進んでいく。


「おお、怖いね」

 ちっとも怖がっていない様子で、琴子がつぶやいた。


「なんだってこんな奥まった場所を選んだ?」

「ここの天然チーズで作ったピザが、美味しいんだって」


 聞いているだけで、ヨダレが出そうである。


「そいつは見過ごせないな」

「でしょ? 観光はほどほどにして、今日は食べよ」


 孝明から食事を取り除いたら何も残らない、といった風な言い方だ。


 バスを降りたら、雨雲が出迎えた。


「やっちまったか。山を甘く見た」

 剥き出しの腕を、孝明はさする。


 林間学校で山慣れしているのか、対する琴子は準備万全という出で立ちだ。

「ちょっと散歩してあったまろうか?」


「そうしよう」


 小雨が降る中、軽く散歩をする。

 食べ歩きがメインだから、雨でよかったかも知れない。


 目的のピザ屋へ。オーソドックスなマルゲリータでも、結構な値段がする。

 さすが山価格だ。コレで不味かったら許さない。


「いただきます」

 琴子がピザカッターを、コロコロと転がす。ところが、ズレてしまった。


「ゴメンゴメン」

「適当でいいよ、こんなの」

「なかなか均等にならないね」


 横に切っても、切り口が微妙にズレる。


「あたしヘタだねー」

「オレも似たようなもんだ。食おう」


 八等分のピザを持ち上げた。

 

 チーズがビローンと擬音が出そうな程、伸びる。

 見た目からして期待感を煽ってきた。


 下に垂れるチーズを、口で出迎える。

「ハム、ハム、熱いっ! でもうまい!」

 熱さで思わず足踏みした。雨で濡れた身体が、胃袋から温まる。


「ホッホッ」

 琴子も同じような状態に。うまいのか、何度もうなずいていた。


「うまいよな?」


 オレの質問に、琴子はサムズアップだけで答える。

 熱くて話せないのだ。


「でも、お腹いっぱいになりそう」

「おいおい、まだ夕飯のジンギスカンが待ってるんだぜ。どうするよ?」

「まだ結構時間あるじゃん。色々見て回ろうよ」


 その後は、腹ごなしに各所を回る。河原で釣りを楽しんだり、温泉に入った。


 ジンギスカンは独特の香りがしたが、案外箸が進む。


 こうして、山遊びをそれなりに堪能した。






 だがその後、孝明は熱を出してしまう。

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