第50話 なぜ結婚相手に求める料理は「肉じゃが」なのか問題

「また、厨房に入ってるのか」


 孝明が食堂を訪れると、琴子が大将に料理を教わっていた。野菜を切っているだけだが。


 具材から見るに、肉じゃがを作っているらしい。


「だって、カノジョになったじゃん。だから、料理できるようにならなくちゃ、って」


 根菜や牛肉を、琴子が鍋に放り込む。


 多少手際は怪しいが、一生懸命さは伝わってくる。


「気なんか使わなくたって」

「あたしがやりたいの」



「そうか。ありがとうな」



 孝明が素直に礼をいうと、琴子は赤面しながら、作業に没頭しはじめた。



「お嫁さんに作って欲しい料理のトップが肉じゃがなのって、意味あったっけ?」


「煮物の基本だからだよ」と、大将が言う。


 肉じゃがは、最も家の味が出る。

 その味が自分の好みかどうか判別するため、食べてみたいというのが本音だろう。


「最近だと、カレーらしいけどな」

 グルメライターの孝明が、付け加える。


 これも時代なのか、リサーチしたメディアによっては、肉じゃがは

『交際相手に求める料理』

 のトップ三に入っていない。


「人の意見なんて、どうでもいっか。あたしは、コメくんが欲しいものを作りたい」

 実に琴子らしい考え方だ。


「コメくんは、彼女の手料理って何が食べたい?」

「ナポリタン」

「そればっかりだねっ!」

「好きなんだよ」


 ナポリタンのように、琴子の顔が赤くなる。


「いや、ナポリタンが、な?」

「分かってるけど、面と向かって言われたら」


 大将が咳払いをした。「噴いてるぞ」


 琴子が「おっとっと!」と、慌てて火を弱めた。


「ダシの風味が飛んだか?」

「適当でいいんだよ、こんなもん。本格的なモノが食いたかったら、和食の店に行けばいい。修行じゃねえんだから」

「言えてるな」


 いい匂いが立ちこめてきた。


 孝明は、大きく深呼吸をする。肉じゃがの香りを独占しながら、思わずため息が漏れた。


「なんか麻薬中毒者みたいだよ、コメくん」

「人聞きの悪いことを言うな」


 どんな喩えなのか。


 大将が、小皿でダシの味を見る。 

「うまいじゃねえか」

 うんうんと、大将は頷く。


「そうかな、めんつゆだよ」

「充分だ。家で出すならこれで上等。これで文句言うヤツはやめときな」

「やったあ」


 後は自分でやるからと、大将は琴子を席に座らせた。



 ジャガイモを箸で摘まみ、口へ放り込む。

「うん、うまい」


 ちゃんと口の中でほぐれる。

 多少崩れ気味で、家の味とは随分違った。

 が、これなら家族に食べさせても納得してくれるはず。


「ホント? よかったぁ」

 一安心をいう表情を浮かべ、琴子は自分も食べた。

「ママの味だ。できた」

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