第48話 駅弁がヌルい問題

 飾ってあるのは、ストラップのついたパスケースだ。


「コトコト、どうした?」



 琴子はパスケース二つをサッと手に取って、レジに置く。

「これください。袋はいりません」

 琴子は自分のパスケースから電子カードを抜き、裸のまま差し出した。

 買ったばかりのケースへ、カードを入れ直す。


「おい、オレ出すよ」


「いいから。はい」

 孝明の手に、琴子はさっき買ったブルーのパスケースを握らせた。

「コメくんのそれさ、使い込んでるじゃん。だから、あげる」



 確かに、孝明のパスケースはもう限界である。

 あまり意識していなかったが、角どころか表面もボロボロだ。


「ありがとうな。じゃあオレも」


「自分のは買ったから。ね」

 琴子は、ピンク色のパスケースを見せてくる。形は孝明のものと同じだ。


「今日の記念に。その代わり、駅弁は好きなのを選ばせてね。お金も出して」

「分かった。それで手を打とう」



 琴子が「ンフフー」と、変な笑い方をする。


 昼、帰りの新幹線の中で向かい合い、二人は駅弁を広げた。


 白米に、うまく箸が刺さらない。


「やっぱりさ、お米固いね」

 分かってはいたが、弁当の中身は圧縮されていた。


「好美ちゃんトコのお弁当なら、もっと柔らかいよ」

「食べたことなかったな。店も教えてもらえばよかった」


 他愛のない会話で繋ぐ。でないと、この空気は持たない。


 琴子も同じ気持ちなのか、弁当と格闘していた。視線を合わせようとしていない。


 付き合うと意識するだけで、ここまで緊張してしまうなんて。


 二人して、黙々と手と口を動かす。


 

 とはいえ、こうしているだけでも落ち着いた。



 猛スピードで、景色が通り過ぎていく。


 これまで、自分たちはどれくらいの時間を過ごしただろう。

 ほんのわずかな間だけで、どうしてここまで親密になれたのか。


 窓の向こうを眺めながら、孝明は考えていた。


「帰ったら、どこへ行こうか? もう決まってると思うけど」

 琴子がつぶやく。


 それは、もちろんあそこだ。


「大将の店に行こう。何を食うかだけど」



 駅弁にはシューマイが入っている。中華は却下だ。



「そうだね。久しぶりにナポリタンってどう?」

「麺が続くけどいいのか?」

「平気平気。あそこの麺なら一週間続いても飽きないから」

「決まりだ!」



 帰りが楽しみになってきた。


 駅に着くと、もう夕方が近い。


「ホントに、オレでいいのか?」

 前を歩く琴子に語りかける。


「今さら怖じ気づいた?」

 振り返ると、小悪魔的な笑みを、琴子が浮かべた。


「だって、学生なら男子とかに言い寄られるんじゃ?」

「特に何もないよ。あたし、怖がられてるから」

「そうなのか」

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