第42話 色気より食い気問題

 海水浴場から少し行った所を歩いていると、海沿いに屋台が並んでいた。


 今日は午後だけ、歩行者天国として解放するという。


 色気より食い気の琴子は、屋台に飛びついた。


「これかな、でもワタアメもいいよねー」

「別に何を食ってもいいぞ。遠慮するな」



 せっかくのお祭りなのだ。気を使わなくてもいい。



「そういうわけにもいかないよ。屋台の代金って、結構するんだから」

「今日は、模擬店で出す料理の取材でもあるのです」


 琴子と好美には、何らかの使命感が働いているようだ。


「だったら尚更遠慮するな。なんでも買え」


「やったー」と、琴子がバンザイする。


「ありがとう、コメくん。大好き」

「そういう時だけ好きだって言葉を使うなよ」

「いつだって好きだよ、コメくん」


 反則だ。こんなときに、耳元でささやくなんて。


 散々悩んでいたが、みんなで分け合えるたこ焼きを選んだ。一番安いセットを。


「ハフハフ」

 冷まさずに口に入れたからか、琴子が足踏みしている。

 また下駄の音がカラコロと跳ねた。


「おい、はしゃぐなよ」


「だって、日本のたこ焼き久しぶりなんだもん」

 ようやくたこ焼きを飲み込んで、琴子がホッとした顔になった。

 

 ペットボトルのお茶を好美から差し出され、ゴクッとノドへと流し込む。

「ありがとー」


「あまり、海外は楽しくなかったのですか?」

 好美が尋ねるが、琴子は首を振る。


「面白かったよ。新しい発見もあるし。向こうの人たちとも多少は仲良くなったかな」

「転校しちゃったり、しませんよね?」

「ありえないし。こっちに友達いるから、日本にずっといるつもり」


 琴子には、海外に目的も理念もないそうだ。


「でさ、好美ちゃん、なにかインスピレーションは湧いた? これだっていうメニューは思い浮かびそう?」

「いえ、これといって。この辺りの屋台は、目新しい料理はないですね」

「空振りかー。じゃあさ、いっそ楽しもっか。歩いていたら、何も思いつかなくたって楽しいよ。そっちを大事にしよう」

「そうですね!」


 琴子は好美と手を繋ぎ、屋台を回る。


 あの考え方は正しい。


 無駄に構えてしまうよりは、頭から切り離してしまった方が、突然アイデアが湧くモノだ。

 大学出の芸人の受け売りだが。



「あ、花火だ!」

 琴子が、夜空を指さす。



 ピンク色の打ち上げ花火が、月明かりに負けじと咲いた。



「わあ、きれい」

 空を見上げながら、琴子がつぶやく。

 それも、一瞬のことだった。琴子は正面を向き直り、一目散に屋台を巡った。



 好美の母親は、子どもたちと防波堤で花火を見物に行くという。


 が、好美は琴子の側についていった。

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