第41話 風呂上がりはコーヒー牛乳に限る問題

「たしか、あの店でしたね」

 好美から出た名は、大将の店だった。


 米田よねだ 友膳ゆうぜんというのが、大将の名前である。


 好美の母は長女で、旅館のフロントが次女らしい。

 海の家を営んでいるのは、フロントの息子なんだとか。


「よろしければ、お食事でもご一緒しませんか? 今でしたら、お二方の分もご用意できますわ」


 もうすぐ、大広間を使って宴会が始まるという。


「あいにく、もう頼んでいまして」

 気さくに誘ってくれるのはありがたい。が、これ以上詮索されるのも困る。


「そうですわね。せっかくお二人だけのご旅行ですものね」

 変な遠慮をされた。


「じゃあ、お祭りもお二人で?」

 宿の廊下に、ポスターが貼ってあった。今日は花火大会があるという。


「この時期は毎年、従業員の子供たちを縁日に連れて行くのよ。誰かがチビのお守りを頼まれているの。今年は私たちの番なのよ」


 宴会なんて子供たちには退屈だろうから、夕飯も兼ねて花火大会へ連れ出すらしい。


「この花火は有名なの。わざわざ見に来る観光客もいらっしゃるのよ。琴子ちゃんに浴衣もお貸ししますよ。山ほどあるから」


「そうなんですね。琴子、好美ちゃんと行ってこいよ」


 ここは友人に譲るべきだ。


「えーっ。一緒に行こうよ」と、琴子がステップを踏む。

「財布にされる」

「いいじゃん! JK二人をはべらせられるよ。両手に花」

「通報される!」


 琴子のテンションに、好美も若干気後れしている。


「わたしもご一緒するので。お邪魔はしませんわ」


 好美ママにゴリ押しされ、孝明は琴子とのお祭り見物に付き合うこととなった。


「じゃあ、お風呂に入ってらっしゃい。浴衣を用意しておくわ」


「はーい」

 琴子と好美が、大浴場へ向かう。


 孝明も後に続いた。



 温泉に浸かり、疲れを癒やす。


 琴子に身分を明かし、多少は気持ちが晴れた。


 琴子も、少しは落ち着いてくれただろうか。



「コメくーん!」




 女湯から琴子に声をかけられ、慌てて湯船に深く沈んだ。



「なんだよ?」

「先に上がって待っててー。着付けに結構、時間が掛かりそうだからー」

「ああ。分かった。ゆっくりしてるから焦らなくていいぞ」

「うーん」



 正直焦った。思わず湯浴み中の琴子を想像してしまう。

 邪念を払うように、頭と身体を洗った。



 旅館から支給された浴衣に着替える。

 風呂上がりと言えば、コーヒー牛乳だ。

 酒が飲めるならビールなんだろうが。

 ビンのコーヒー牛乳を一気飲みし、一息つく。 



「お待たせ」

 好美ママ指定の浴衣を着た琴子が、女湯から出てきた。

 下駄に合わせて、えび茶色の生地に花火が上がっている。


 白地にひまわり柄の好美が隣に。

 好美ママと子どもたちも合流して、お祭りの会場へと向かった。

 カランコロンと、琴子たちの下駄がリズムを取る。


「二人とも似合ってるよ」

 素直な感想を、孝明は告げた。


「好美ちゃんのセンスがいいんだよー。じゃあ行こっか」

 琴子が率先して、先頭を歩く。

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