第40話 世間は案外狭い問題

「コメくん、アレ見て」

 宿の前に送迎用のバスが停まっていた。バスは団体客を降ろすと、駐車場に入る。


 フロントに戻ると、団体客が押し寄せていた。なるほど、部屋が空いていないわけである。

 予約の客がいたらしい。


「あれ、好美よしみちゃんじゃん」

 団体客の一人に、琴子は声をかけた。


「あ、こんばんは」

 学校で出会ったお提げの少女だ。


「コトコト、お前の友達か?」


「うん。そうだよ」

 どうやら、琴子のクラスメイトらしい。大家族と言うより、従業員か。


「オレ、いない方がいいか?」


 好美という少女から、オレは不審がられている。


「コメくん、あそこで待ってて」

 琴子に先導され、孝明は非常口の植え込みに紛れた。


「ごめん好美ちゃん。ちょっといい?」

 琴子が、好美の手を引き、非常口まで連れて行く。


「こんにちは」

「ああ。この間の記者さんですね?」

「知ってるの?」

「先日、すれ違いましたよね?」


 やはり、この少女も孝明に気づいていた。

 

「この子、くすのき 好美ちゃん、あたしのクラスメイト。こっちのおじさんは孝明くん。あたしと親しくしてくれてるの」

 両親が弁当屋を経営しているらしい。今日は、慰安旅行についてきたという。


「恋人さんですね?」

「違います」


 ただの知り合いだと強調した。


「あのな、悪いんだが頼みがあるんだ。寝るときだけ、こいつと寝てくれないか?」


 事情を説明する。


「母がいいと言えば。私は、家族だけでお休みするので」


 好美は母親の元へ相談しに行った。

 数秒後、戻ってきた好美は両手で大きくマルを作る。

 母親まで連れてきた。


「琴子さんと一緒なら安心だと。あと、二人きりで寝ていいと言ってくれました」

 うれしそうに、好美は語る。

 


 好美の母親は、朝まで友人と酒を飲み交わしたいらしい。

 子守の必要がなくなって好都合だそうだ。


 好美の母親とも話し、名刺を交換し合う。



「立ち話も何ですから、こちらへ」


 フロントのソファに向かい合って座り、話を聞く。


「好美ちゃんのママはね、お弁当屋さんなんだよ」


 琴子に続き、好美の母親が口を開いた。


「この宿はね、妹夫婦が経営しているの」


 今日は、弁当屋の従業員たちとの慰安旅行らしい。

 どうやら、大将が旅館に無理を言ったようだ。


「すいません。そうと知っていれば、他の宿を手配したのですが」



「いいんですよ。父も、お二人を大事になさっているようでしたし」

 気になるフレーズが耳に飛び込んできた。



「あの、父とは?」



「お二人は、父の常連さんなのね?」



 どうやら、好美の母親は、大将の娘らしい。

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