第39話 ニコイチチューブアイス独り占めは重罪問題

「あ、すまん。興奮した」

「いいよ。コメくんも、怒るんだね」

「そうだよ。オレもヤツのやり方に反発して、辞めたってワケだ」

「辛いね」

「いいんだよ。おかげで今は、充実してる」


 確かに給料は激減した。しかし、激務からは解放されている。

 もう、いけ好かない店にヨイショする必要もない。

 美食でなくてもうまい店があることが分かった。

 客を呼ぶ工夫の仕方が、店によって違うのも面白い。


「だから、お前は何も心配しなくていいんだよ」


「うん。よかった」

 チューブを吸いながら、琴子が微笑む。


「あたしのことも、話すね。フェアじゃないもんね」


 孝明も、琴子の素性は知らなかった。知る必要もないと思っていたから。


「移住しないか、って言われた」

「向こうに住むのか?」

「断ったよ。コメくんと一緒にいたいもん」


「お前、大切に決断しろよ。親と一緒にいるって貴重だぜ」


 若菜の息子は、親の離婚を経験している。

 余計なお世話だろうが、琴子にも悲しい思いをしてほしくなかった。


「今だって、離ればなれで暮らしているんだろ? オレはお前の親じゃないから分からないけど、お前をひとりぼっちで置いていたくないはずだ。だから――」




「あたしが頼んだの!」

 柄にもなく、琴子が大声を上げた。




 周りの家族連れが、こちらに顔を向ける。


 孝明が愛想笑いをして、家族連れを追い払った。


 すぐに琴子は、「ゴメン」と孝明に笑う。


「あたしが、お願いしたの。二人は一緒にいてって。ただでさえ、肩身の狭い思いをしているんだからって」

「どういうことだよ?」




「あたしね、不倫してできた子なの」




 事情を聞くと、やはり琴子は映画監督と女優との間にできた子だった。




「だからさ、一緒にいたらあたしにもカメラが向けられるって、あたしを置いてもらったの。中学生だったら連れて行ってもらうつもりだったけど、高校だもん。一人でも平気だよって」


 家政婦も付けようという話になっていたが、かえって警戒されるからと、琴子から断った。


「てっきりさ、コメくんは、あたしの素性を聞きに来たのかなって一瞬思った」

「記者って当たりは付けていたのか?」


 琴子はうなずく。「なんとなくだけど」


「すまなかった。ちゃんと話しておけばよかったな」

 孝明が詫びると、琴子は首を振った。


「いいよ。コメくんが謝ることじゃないから」

 琴子は、顔を伏せる。


「コメくんさ、あたしのこと、キライになった?」

「どうして、そう思うんだ?」



「だって、他の夫を略奪して生まれた子じゃん。コメくんって、人からモノを奪う人って嫌ってるから」



「お前自身が、誰かから何かを奪ったわけじゃないだろ?」

 孝明は、精一杯の励ましをする。



「琴子は悪くない。琴子は、いい子じゃないか」

「ありがとうコメくん」



「部屋に戻ろう」

 孝明が、再び歩こうとした瞬間、チューブアイスが手から滑り落ちそうになった。


「あっ」

 

 琴子が手を伸ばす。


 が、その時にはチューブアイスが波に流されていく。


 孝明と、琴子の手が、重なった。


 何も言わず、孝明は琴子の手を握りしめる。


「も、もったいなかったね」

「でもいいや。ま、また見つけたら食おうぜ」

「そうだ、ね」


 そう、琴子は誰からも、何も奪っていない。



 孝明以外には。

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