第38話 取り調べにカツ丼は出ない問題

 コンビニで、ニコイチのチューブアイスを買った。

 二人で分け合い、海沿いを歩く。甘いチョココーヒー味が、暑い夏を涼しくしてくれる。


「ネタは挙がってるんだぞー、コメくん。白状するのだ」

 琴子が、シャーベットのチューブをマイクのように孝明へ向けてきた。


「よせよせ、濡れるから!」

 孝明が海側を歩いている。これ以上は海へドボンだ。


「何も隠し事なんてしてねーし」

「カツ丼、食うか?」

「アイス食ってるだろ、今。それに、取り調べでカツ丼が出るのはドラマだけだぞ」

「えっ、マジで」

「ああ。不審者扱いされて捕まったクラスメイトから聞いた」


 例の「東大出の芸人」である。

 公園で寝ていただけなのに、主婦から「うちの娘をガン見している」と因縁を付けられた。実際の容疑は「半裸で寝ていたから」だったのだが。


「便宜供与って違法捜査の一つでな、『自白目的で利益を与えた』と見なされるんだとさ」


 実際、インスタントコーヒー一杯だけでも、容疑者に差し出せば違法らしい。


「ひどい世界だねー」

「まったくだ。そんなことより、オレは潔白だからな」

「あのさあ。あたし、コメくんのこと、もっと知りたい」


「待てお前、早い早い!」

 孝明は、あからさまに琴子と距離を置く。


「待って待って。そういう意味じゃないから!」

 琴子が歩み寄ってきた。


「何がだよ? もっと自分を大切にしろ!」

「話が聞きたいだけだよ!」


 琴子から促され、孝明も落ち着く。


「イヤならいい。話したくないなら、無理して話さなくていいから」


「そういうことか。分かった。なんでも聞けよ」

 孝明は、琴子に話を促した。


「コメくんさあ、お仕事の話、しないよね? あたし、これまでコメくんと話しててさ、なんの仕事してるのかも知らなくて。仕事はしてるんだよね?」

 孝明は、ため息をつく。



「白状するよ。オレは記者なんだ。グルメライター」



 地域の飲食店情報を、無料の地元紙に載せるのが仕事である。


「それで、海の家であれこれ聞いてたんだね?」


「職業柄な。どうしてそんなこと、聞こうととしたんだ?」

 さっきの尋ね方は、まるで孝明が記者だと知っているように思えたが。


「お店の人が話しているとき、メモ取ってたから」


 孝明は手で目を覆った。習慣は抜けない。孝明は思い知らされる。


「それじゃあ、前の仕事を辞めたのも?」

「前の部署は、大手雑誌社のフード部門だった」



 同僚のライターが、内部告発しようとした。

 当社が不正を働いている、店の評判をごまかしていると。



「あいつは現社長、つまり、若菜の夫に相談したんだよ。しかし、不正をしていたのがヤツだったんだ!」



 逆に不正の濡れ衣を着せられ、同僚は追い詰められた。結局、同僚はクビに。



「退職した同僚は、田舎で嫁さんももらったらしいけど、やっぱ社長は許せねえ!」

 

 孝明は波を蹴る。


 波は崩れず、クツに海水が入っただけだった。


 靴下が濡れ、後悔する。

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