第36話 宿は自分で確保すべき問題

 一泊二日の旅行なんて、孝明にとっていつ以来か。


 寝坊することなく、琴子は無事、間に合った。早めに寝たのは本当だったらしい。


 大衆食堂でモーニングを平らげ、新幹線とバスを乗り継いだ。


 ワンマンバスに揺られながら、隣で琴子が海を眺めている。


「宿題は終わったのか?」

「とっくに終わらせた。塾の講習も休んでないよ」


 小学校のように、毎日の絵日記などはないらしい。ならば、遊び放題だ。


「二人だけでよかったのかなぁ」

「あれこれ詮索されるよりいいじゃん」

「とはいっても、ちゃんと付き合ってるわけじゃないし」


 琴子を誘ったのは、あくまでも琴子が一人で寂しかろうと思っただけだ。


「友人ってだけだと、それはそれで干渉されちゃうし、余計なアドバイスもされるよ。面倒じゃん」


 建一たちも、有休を満喫しているらしい。


「ちゃんと着てきてくれたね、コメくん」

「約束だったからな」

 孝明も琴子も、お互いが選んだ服に身を包んでいる。


 大将の勧める宿が、見えてきた。

 三階建ての、小さな宿である。

 


「わーい。着いたね!」

 バスから降りて、琴子が伸びをした。


 白いワンピースが海風に乗って、ヒラヒラと揺れる。


 日差しが容赦なく、孝明たちを照らす。


 貴重品を保管したいので、先にチェックインする。


「予約した和泉です」


 孝明が挨拶をすると、フロント係の女性は笑顔を向けた。

「お話は伺っております。こちらに記帳してください」


 宿帳に名前を書く。


「では和泉様、お部屋へご案内します」


 部屋に通されて、孝明は唖然となった。


 清潔感があり、窓から海を一望できるのはいい。


 

 しかし、琴子と同室だったのである。



「ちょっと待ってください。部屋は別々では?」

「あいにく満席でして」


 フロント係が、清々しい笑顔を向けてきた。


 こうなれば、断れない。


 布団を二枚しいたらギチギチになる空間で、二人きりになれと。


 やはり、姉の若菜も連れてくるんだった。そうすればワンチャンスあったかも。


 横の琴子を見ると、まんざらでもない様子だ。それもまた嫌な予感を誘う。


「あたしはいいよ。何なら押入で寝ようかな?」

「それなら、オレの方が寝るよ」

「悪いよ。誘ってくれたんだし」


 フロント係が、押入のフスマを勢いよく開けた。

 縦には長いが横幅がない。寝るには狭すぎる。


「お休みになるには少々お狭いかと」

 怪しげな視線で、フロントが孝明たちを射貫いた。


「なんでしたら、お布団をお一つになさることもできますが」

「結構です!」


「では、お食事は今日の夕方に和食、明日の朝に洋食をご用意いたします。ごゆっくり」


「あ、ありがとうございます」


 満足げに、フロント係は帰って行く。


 宿を取るだけなのに、疲れ果ててしまった。


「大将、こうなることを見越してやがった」

 旅行プランは、人に頼むものではない。


 孝明は実感した。


「いいじゃん。コメくんと旅行するだけでも楽しいよ」

「そう言ってくれるとありがたいが」

「海、行こ」

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