第33話 足るを知る問題

 ガッツリした油モノばかり食べているにもかかわらず、清太郎は涼しい顔でプリンまでキレイに食べていた。これが若さか。


「清太郎が『回転寿司に行きたい』とか言い出さんでよかったわ。財布が死んでたで」



「ええよ。ここかて私が持つし。すいません、ほうじ茶のアイスを」

 オーダーしたアイスを舐めながら、若菜は酔いを覚ます。



「あれから、藤枝ふじえだ社長は? なんか言うてきたか?」



 元ダンナとは言わない。



「何も。子どもの言葉が堪えたみたいやわ。置きモンみたいになってるってウワサよ。経営も傾いてるみたいやし」


 若菜と元夫との確執は、清太郎が五歳の頃である。

 実に二年だ。


 それまで、孝明もずっと張り詰めていた。


「せやからって、ヨリ戻そうとすんなよ」


「当然やん。昔はあんな人やなかったのに」

 頬杖をつきながら、若菜が生ビールに口を付ける。


 以前の藤枝は、妻に優しく子煩悩な父親だった。

 今とはまるで別人である。

 出世欲に駆られ、人が変わってしまった。

 企業を中から変えると必死に動いた結果、かえって組織に染まりきったのだ。



「私ら、おこさまランチくらいの幸せで充分やってんよ。みんな適度に幸せやったらそれで。フランス料理のフルコースでも満足でけへんくなって、欲張った結果がこれや。人並みの幸せも逃げてった。清太郎は私が育てることになったからええけど」



 若菜の前で、アイスクリームが手を付けられず、溶けていく。



「あ、すんません。オレもほうじ茶アイスをください」

「頼むん? 一口あげるで?」

「いらんわ」

 

 予定通り、孝明が帰りのハンドルを握る。

 腹が一杯になってか、清太郎は眠っていた。若菜があやしている。


 せっかく家族向けにミニバンを買ったのに。

 運転をしながら、席が少し寂しくなったな、と孝明は思った。


「なあ若菜、来週末の土日、空いてるか?」

 ミラー越しに、若菜へ話を振った。


 琴子と旅行へ行く日程である。



 若菜は両手を合わせた。

「ごめんなさい。その日は実家に帰る日なんよ。お父ちゃんたち、清太郎に会いたいんですって」



 ならば、仕方ない。孫に会わせるなんて久しぶりだから。


「何かあるの?」

「いや、なんでも」



「あの子?」


 若菜が言っているのは、琴子のことだろう。


「ホントに、なんもないから」


 若菜は何か言いたそうだったが、清太郎が体勢を変えたので、そちらに気を取られている。


 マンションの前に着いた。


「ありがとう孝明」

 若菜が後部座席を開けて、清太郎を抱える。


「どこかへ行きたいなら、ミニバン貸したろか? 帰省には新幹線を使うんやから、いらないんよ?」

「いえいえ、お構いなく」

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