第28話 夏はそうめんばかりになる問題 後編

「あたしがいなくなったら、寂しい?」

 思わせぶりな視線を、琴子が向けてくる。


「寂しいよ。今まで一緒に飯を食っていた相手がいないってのは」

 こういうタイプは、正直に話した方がいい。


 この間の台風で痛感した。誰もいない食事は寂しいのだと。


「それだけ?」

 そうめんを食べながらの会話でなければ、普通に口説かれている光景だ。


「あたしじゃなくてもいい、ってことはない?」

「それは、絶対にない」


 うまく言えないが、琴子との食事には、独特の感覚がある。


 それがなんなのか、孝明にも説明できないが。


 返答がない。琴子はフリーズしている。


「自分から聞いておいて、それはないだろ」

「いや、ワサビがききすぎて」


 ごまかしているのは、孝明にも分かった。


 琴子は赤面している。無茶振りしておいて自滅とは、琴子らしい。


「そうだな。建一や姉貴の家族と食うのとは、また違うかな」

「友達とか家族とかって意味じゃなくてさ」


 ドンドン、外堀を埋められていく。


「お、ピンク色の麺を発見」

 流しそうめんのように、受け流す。


「ちょっと、雰囲気が台無しなんですけどー?」

「雰囲気を台無しにしてるのはおまえだからな。しゃべる度にそうめんズルズルとすすりやがって」


「止まらないんだってーっ!」

 琴子が残念そうに、そうめんをすすった。


 孝明は、ピンク色をしたそうめんを、琴子のお椀に入れる。




「日本に帰ったら、真っ先に連絡しろよ」



「ん? コメくん?」



「そんなに言うなら、二人でどこか行こう」



 口を押さえ、琴子が頬を染めた。



「やっばあ、ちょっとうれしい」



「誤解するなよ! 一人が危ないから、一緒に行くだけだからな!」



「行くなら、海がいいな。山もいいけど、この間の遠足で行ったし」

 もう行く気でいる。


「気が早いよ。大将も言ってやってくれ」



「知り合いが海のそばで宿をやってるから、連絡しておいてやる。行ってこい」




 スマホを取り出し、大将が知り合いらしき人物と親しく語り合う。

「予約が取れたぞ。フロントにお前さんの名前を言ったら通じるから」

 大将が、連絡先の書かれたメモを孝明に渡す。



 いよいよ現実味を帯びてきた。冗談のつもりだったのに。



「わーいお泊まりだーっ!」

 琴子がバンザイする。


「JKに男と二人旅なんて勧めるなよ、大将」

「何ビビってやがる? 別に何かするわけじゃあるまいし」


「そりゃあそうだけど」


 横目で琴子を見た。


 心底うれしそうなのが、引っかかる。


「お前、おっさんとお泊りなんて、よく耐えられるな」

「なんで? コメくんだから安心じゃん」



 ピンクのそうめんが、お椀の中でハートの形になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る