第27話 夏はそうめんばかりになる問題 前編

 店に入り、孝明はようやくスーツから解放される。


 期末試験も終えて、夏本番を迎えた。

 琴子のリクエストにより、今日の夕飯はそうめんである。そうめんだけ。

 大衆食堂で食べるのも、趣があって悪くない。


「よう大将、忙しかったみたいだけど、どうだ?」


「ああ。おかげさんでな。用事は済んだよ」

 大将が薬味のわさびを擦り、ネギを刻む。


「最近お店を空けること多いね。どこか悪かったの?」


「もう七五のジジイだからな。あちこちガタが来るさ」

 無愛想ながら、大将は質問に嫌な顔をせずに答える。


「いただきます」

 二人で手を合わせて、そうめんをいただく。


 程よいゆで加減とノドごしが、暑い夏に涼を運んでくれる。


「あのさ、あたし当分、日本に帰ってこないから」

 琴子がそうめんをすすった。


 孝明の箸が止まる。

「なんでまた?」

「親がね、しばらく休暇を取るからって。一週間経ったら、また仕事に入るんだけど」


 何をしている人なのか、さすがに聞けなかった。

 里依紗や建一の話から、推測はできるが。


「どれくらいだ?」

「一週間ほど」


 まるで機械のように、琴子がそうめんをすすり続ける。


「ホントはコメくんと一緒にいたかったなぁ。夏なんてあっという間なのにさ。知ってる? 今の学生って、夏休みが二週間しかないんだよ?」

「知ってるよ。週休二日が浸透して、授業日数が減ったからだってな」

「そうなの! その分、コメくんと早く会えるからいいけどねー」


 琴子は一言終える度に、そうめんを口に入れた。


「食うかしゃべるかどっちかにしろ。何を言ってるのかたまに聞き取れねえぞ」

「だって、止まらないじゃん!」

「誰も取らないんだから、ゆっくり食えよ。わんこそばじゃねえんだぞ」

「でも、サッと食べたくない? おそうめんって」

「そうだけど」


 実際、孝明も箸が止まらない。


 二人はしばらく、競うようにそうめんをすすり合う。



 ふと、琴子の箸が止まった。


「親が何の仕事してるか、聞かないんだね?」


 息を落ち着かせるために、孝明はつゆを少量飲む。ワサビのツンとした感覚が襲ってくる。それが逆によかった。刺激で頭が整理できて。


「オレには関係ねえしな」


「ホントにそう思ってる?」

 責めるような口調で、琴子が聞いてくる。


「聞いてどうなるんだよ?」

 意地になって、孝明も強く言い放つ。


 少しだけ、琴子が寂しそうな顔をした。わさびが強すぎたせいじゃないだろう。


「あたしとコメくんってさ、ただごはん食べてるだけの関係なのかな?」

「それでも、オレにとっては贅沢だよ」



 しかし、これ以上望んだら、琴子がいなくなってしまう気がして。

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