第26話 焼き鳥はタレと塩のどっち問題 その3

「あの子、その女優の若い頃にそっくりなんだよ。同じ黒髪ストレートでさ、性格は明るい子で」

「それでも、覚えていないと」

「たしかに可愛かった。だけどな、その女優って俺の趣味じゃなかったもん。大人! って感じじゃなくてさ」


 建一の視線が、孝明に移る。




「お前さ、この出会いは大事にしろよ。応援してる」




「いいって。そんなんじゃないから」



「JKと付き合えるって、そうそうないぞ。めんどくさいけど」

 確信を突くような発言を、建一が投げかけてきた。



「そんなに面倒くさいのか?」

「知らんけど」


 孝明のヒジが、テーブルの上でずっこける。


「とにかく、お前がうまくいくことを願ってる。俺はもうあそこへは行かない。うまそうじゃなかったし」

「実際、料理は普通だぞ。家庭料理メインだし。そこが落ち着くんだが」

「俺が寄ったのも、ただの気まぐれだしな」


 瓶ビールを飲みたくなって、入っただけだという。

 あの店の雰囲気なら、割烹着を着たママがおでんを出しつつビールを継いでくれるぞ、と。


「実際は同僚がJKとイチャイチャしながら、お好み焼きを焼いていたシーンを目撃しただけだったな」


 当てが外れたのだ。


「見間違いだ! イチャイチャなんてしてない!」

「してましたー」


 へへ、と笑いながら、建一はまたハイボールを口にする。


「それにあそこの大将はオヤジだぜ。ママなんて幻想だ」

「だったら尚更、用はねえ。うまくやれよ」

「気遣いは無用だ。付き合ってないから」


 建一が「んだよ」とヒジで孝明をつつく。


「顔に書いてるんだよ。JKを眺めながら食うメシはうまいって」

「ば、バカ!」


「へへーん。じゃあごちそうさん」

 建一が、孝明の肩を叩く。


「孝明、あの子のこと傷つけるなよ」

 店を出るなり、建一がまじめな顔になる。


「それは、心得ているつもりだ。前にやらかしたからな」


 以前、孝明は琴子を傷つけてしまった。

 あそこまで、琴子が心配してくれていたなんて。無神経だった。


「事情は知らんが、一回お互いに打ちのめされて、それでも関係続けようってんだろ? だったら脈ありじゃねえか。この期を逃すなよ」

「なんで、オマエはオレの恋愛事情を応援するんだよ?」


「いい顔になってきたからな」

 意外な回答が、建一の口から返ってきた。


「前に言ったよな。俺のことを見ていられないって。昔のお前こそ、見ていられなかったんだぜ。終始暗い顔で、何かをなくした顔になっていた。ゾンビかと思ったよ」


 友人がリストラを受けた当時か。


 孝明は、自覚していなかった。


「だから、俺は酒と美食に逃げたんだよ」

「そうだったのか」

「でも無理だった。根本的な解決にならなくて。けど、いつの間にかお前は、清々しい顔になっていた。自分で解決したとは思えない。誰か、心の支えになる人ができたんだろうなって」



 それが、琴子だと?



「あの子は、お前にとっても支えになってるんだよ」


 言葉が出ない。


「焦らず、それでいて放置せずいけよ。タイミングを逃したら、付き合いづらくなるぞ」

「別に、そこまでは」


「てことは、お前も意識してるってコトだぜ」

 建一が茶化してくる。


「んじゃま、俺は軽く飲み直すわ。ここで」

「おやすみ」



 一緒に食事をして、琴子の寂しさが紛れるならと、孝明は思っていた。


 でも、建一は違うという。孝明の方が救われているのだと。


 否定できない。孝明にとって、確かに琴子の存在は大きくなっている。

 一人で食事して分かった。

 孝明も、琴子を欲しているのだと。

 どういう感情なのかはともかく。

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