第25話 焼き鳥はタレと塩のどっち問題 その2

「あの大衆食堂で話すだけだ。その日も、大将が休みでな。厨房を借りて夕飯を一緒に作っていただけだ」

「ウソだろ?」

「ホントに、ただの知り合いなんだ。別にやましい関係じゃない」


 お互いに連絡先こそ知っているが、甘酸っぱい関係ではないと言い切れる。


「普通、ありえねえだろ。まあ、お前ならありえるかも。三〇過ぎて彼女いない歴=年齢だもんな」


 ほっといて欲しい。だが、このまま建一の誤解を解きたいのもある。


「相手にカレシがいる気配は?」


 それは、考えていなかった。


 朝と夜とで大衆食堂に入るような女子に、男なんていないだろう。

 琴子は、意識してくれているのだろうか。



「俺が手を出すと思ってるか? 冗談じゃない。ガキは趣味じゃねえんだよ。俺はね、酒好きの女が好きなの。一緒に晩酌してくれる奥さんって、最高じゃん? 俺もう、毎晩帰ってきちゃう!」

 うへへえ、とだらしなく建一が笑う。



 建一の好みなんぞ、聞いていない。しかし、満足するまで語らせておく。


「未成年を飲ませる趣味もない。ムリヤリ飲ませりゃアルコールが回って楽しめるだろ、って思ってるヤツはバカなんだよ。童貞と同じ発想だ。ただ、自分だけ気持ちよくなりたいだけの思考なんだよ。まず相手を満足させろっての」

 建一のハイボールが、四杯目に突入した。


「オレとは、一緒に飲んでくれるんだな」

「お前と一番、話が合うしな」

「けどさ、あの子。どっかで見たことあるんだよなー」


 頭を抱えながら、建一がグラスに視線を没入させる。

 ハッと閃いたかのように、顔を上げた。


「あ、女優の! なんつったっけなー。忘れた。でも、有名な人なんだよ」


 なんでも十七年前、とある映画監督が女優に子どもを産ませたという。

 その女優も、当時十七歳だったそうな。ちなみに、監督は所帯持ちである。


 琴子も十七歳だ。つじつまは合う。


「その女優は子育てで、十年以上現役を退いたんだ。でも、最近になってまたスターに返り咲いたんだと。子どもほっぽり出してさ」


 記憶が正確ではないが、ちょうど一年ほど前だったらしい。


「今は、その女優ってどうしてるんだ?」

「監督と一緒に、海外で映画の撮影してるはずだよ」

 シングルマザーのスターだ。日本だとマスコミがうるさい。

 そのため、活動の場を海外へ移したという。


「籍は?」

「入れてなかったような」


 普通の経営者なら大抵、時間は作れるモノだ。

 子どもの行事があれば飛んでこられるだろう。

 だが、映画監督のように「替えが利かない分野の金持ち」だと、そうはいかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る