第13話 格安店に今さら入れるか問題

 孝明こうめいは会社にて、段ボールに荷物を詰めていた。


「マジで辞めるのか、孝明?」

 同期入社の建一けんいちが、心配して見に来てくれる。


「ああ。今後は、課長の立ち上げた新会社で、世話になる」


 離婚の直接的な原因は、課長が夫である社長の経営方針に反発したからだ。

 藤枝が課長なのも、夫からの昇進話を蹴ったのが理由である。

 二人は夫婦になった次点で、冷め切っていたのだった。


 で、課長のコネクションで入社した孝明は、課長についていくことにしたのである。


「会社は、退職金も出ねえって言ってるぞ」


「いいよ。オレには蓄えがあるし、無駄遣いする性格じゃない」

 段ボールを担いで、孝明は廊下へ出た。


「お世話になりました、っと」


 返事はない。すっかり敵扱いだ。それでいい。


 孝明としては、藤枝に親権が行ったのは素直に嬉しかった。

 あんな男の元では、ロクナ子どもに育たないから。


「今までありがとな、建一。いや、『高倉たかくらさん』って呼ぶべきか?」


 初対面の時は、お互い名字で呼び合っていた。

 一晩もしないうちに意気投合し、下の名前で呼び合っている。


「他人行儀はよせって。俺とオマエの仲じゃん」

「つってもな。オマエは残れ。迷惑掛けるのはオレと藤枝課長だけでいいから」

「じゃなくて、一緒に飲み歩けねえ」

「まだ、そう言ってくれるのか。でもなぁ。オレは、オマエとはギョウザの紳士で飲み歩いてた頃が一番楽しかったんだよなぁ」


 建一の顔が曇る。嫌味に聞こえてしまったか。


『ギョウザの紳士』とはギョウザチェーン店であり、ギョウザ一人前と瓶ビールのセットはコストパフォーマンスが最強だ。千円あればベロベロに酔える。


「オレさ、コーラ飲みながら、安酒飲んでるオマエとバカ話していた頃が、楽しかったんだ。豚公爵の他人丼風TKG、覚えてるか?」


 豚丼の具を載せた玉子かけごはん、つまり、豚と鶏での他人丼だ。

 一九九円と格安なシメで、人気がある。


「それが、すっかり美食に走っちまって、やれあそこは干物がうまいだの、あっちはアンキモが濃厚で、とか」

「フグ刺しとかな。悪い。口に合わなかったんだな?」

「いやいや。どれもうまかったよ。オマエがススメてくれるモノは、全部うまかった」


 孝明は酒を飲まない。

 だから、美食を探せなかった。こればかりは、酒飲みの建一がうらやましかったのだ。


「ただ、うまい物を見つけてくるたびに、オマエは上から目線で、マウントしてくるようになった。それは耐えられなかったな」


 上に取り入り、どんどん偉そうになっていく建一は、見ていられなかった。

 たとえ、それが建一の本心ではなかったとしても。


「オマエと、ギョウザの紳士で飲み明かした日々が懐かしいよ」


 建一はしばらく考え込んで、口を開く。


「俺は、ギョウザの紳士はちょっともう無理かな?」


 やはりか。彼の舌は変わってしまったのだ。すっかり会社の色に染まっている。 




「けど、豚公爵の他人丼風TKGをおごってくれるなら、ついて行くぜ」




「建一! オマエそれじゃあ、ギョウザの紳士より安上がりじゃねーか!」



 二人で爆笑する。



「へへっ。そうだっけ?」

 満面の笑みで、建一はハイタッチを要求してくる。


「これからもダチだぜ俺たち」

「ああ、ずっと一緒だ」


 段ボールを一度床に置いて、孝明は建一とハイタッチを交わす。


「そうだ。ちょっと待ってろ」

 言ってから、建一は部長の席に振り返った。



「おいハゲ!」



 部長に向かって、建一は声をかける。



「俺も辞めるわ! じゃあな!」



 ハゲ部長に手を振って、建一も孝明について、事務室を出て行く。



「おい、残れって。オマエ別に、会社に恨みがあるわけじゃないだろ」


「ずっとムカついてたんだよ。オマエに対する処遇によ」

 建一が懐をまさぐり、退職願を出す。


「だから、よろしくな。孝明」

「ありがとうな。お前がいたら百人力だよ」


 二人で語らっていると、



「先輩一人じゃありません!」



 メガネっ娘のちっちゃい女性社員と、やたら背の高いが猫背のヒョロ系男子が、孝明の後をついてきた。

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