閑話1-3 おにぎらず浸透してない問題 後編

「言っておくけど。バカにしてないからね。それさ、ホントに美味しそうと思う。ね、楠さん?」

「はい。そのお肉、貴重な部位を使ってらっしゃいます。粘り気からして、お米は『ゆめぴりか』をご使用ですね。粘り気があって、おにぎらずに最適です。何より、香りからして楽しませてくださっています。お母さまの愛情たっぷりですね」



 一瞬で、サクヤの頬が朱に染まる。



「あ、当たり前じゃん! ママの手料理はいつだっておいしいから!」

 豪快に、サクヤがおにぎらずを手で掴む。

「あーおいしい! おにぎり最高! お邪魔して悪かったね!」

 サクヤが、琴子たちを茶化すのをやめて、立ち去った。

 おにぎらずは、手づかみで食べなくてもいいように開発されたのだが。「あの、ありがとうございます。実栗みくりさん」

「いいって。サクヤにも楽しく食べて欲しかったから」


 食事を終えて、二人は仲良く手を合わせた。


「ごちそうさまでした!」


 お菓子をお互いにシェアし合って、お昼休みは終了した。


 あとは軽くハイキングをして下山するのみ。


「あの実栗さん、ご一緒しませんか?」

 オドオドしながらも、楠が話しかけてくれた。

「いいよー」

 快く、琴子も受け入れる。





 帰りのバスの中でも、琴子は一人だった。


 でもいいのだ。今日は久しぶりに、孝明と会える。


 そう考えると、楽しみでしょうがない。


 橋が見えた。そこに一人の男性が。


 孝明だ。




 なんて声をかけようか。


 あのね、今日はおにぎりを分け合ったよ。おいしかった。

 友達、できたよ。


 頭の中で言葉が溢れ出す。

 今すぐ、孝明に伝えたい。




 声をかけようと、窓を開けようとした。





 その手が止まる。






 大人の女性が、孝明に抱きしめられながら、泣いていた。




 琴子の視線が、孝明を追いかける。だが、バスのスピードは思いのほか、早くて。


 息が止まりそうになった。


 あの女性は誰だ? あれが藤枝か?


 まあいい。今夜聞いてみよう。


 だが、もう一度窓を覗いて……。


「ねえねえ実栗さん、ポテチ食べない?」

 男子生徒が差し出したポテチの袋が、琴子の視界を遮る。



「うっさい!」

 思いのほか、大声が出てしまった。


 バスの中が、しん、と静まりかえる。


「あ、ごめん。お腹いっぱいだからいいや」


「そっか。ゴメンな」

 琴子の様子に恐れおののいてか、男子が引っ込んでいく。


 もう琴子は、さっきの無礼な男子のことなど忘れていた。

 頭の中は、孝明のことばかり。


 問い詰めるか? いやでも、気のせいかも知れない。

 行ってみれば分かる。大衆食堂に。





 だが、孝明の「会社を辞めた」という発言で、琴子の思考は停止してしまったのである。

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