閑話1-1 おにぎらず浸透してない問題 前編 

 その日、琴子は池の畔で弁当を広げようとしていた。

 ここなら誰も来ない。トイレも近いし。

 一人だけ手作りでない弁当を、茶化されることもないだろう。


 何より、すこし黄昏れたかった。


 中間試験の間じゅう、ずっと孝明と食事を取っていない。

 一人でモノを食べるのが、こんなにも心細く感じたことは久しぶりだ。


 あの関係はいつまで続けられるのだろう?


 一人で考えるには、いいのかもしれない。


 ふと見ると、草むらの端っこで、ひとりビニールシートを広げていた人物がいる。

 

 細身でおさげの少女は、クラスメイトのくすのき 好美よしみだ。

 

 おさげの少女の元へ、琴子は歩み寄る。


「あの、こっちいいかな?」


 なぜか、琴子は楠が気になった。


 自分と同じ孤高の印象はない。

 おそらく、彼女はクラスで孤立しているタイプだからかも。


 とにかく、人恋しかったのは確かだ。


「お気になさらず」

 遠慮がちに、楠は立ち去ろうとする。


「してないよ。たまたま隣が空いていただけだし。いいでしょ?」

「では実栗みくりさん、ご一緒しましょう」


 琴子が、アルミホイルのカタマリを開けた。



「おにぎらずですね。実栗さんのお弁当」

「うん。大衆食堂で作ってもらったんだ」


 朝七時、仕込み中のところをムリヤリ頼んだ。「簡単なものでいいから!」と。


 誰も親しい人物がいない。


 そんな中での遠足など、琴子には耐えられそうになかった。


 ましてや、一緒に御飯を食べてくれるだけでいいと言ってくれた、大切な存在を知ってしまった今では。


 楠が、二段の弁当箱を開ける。


「おにぎり美味しそう」


「でしょ? ウチ、実家がお弁当屋さんなんです! 女性でも楽しめるミニサイズのお弁当が売りで、ミニサイズのおにぎりが人気なんです! 一口いかがですか?」


 潰した梅に昆布、ナムル味まで。


「小さい。それに丸い」


 一口で、琴子はミニおにぎりを口の中へ。


「チュモクパプと言って、韓国のおにぎりです。母が取材旅行の先で食べて、ウチでも出そうと思いついたそうなんです!」


「おいしい!」

 お返しに、琴子も何か上げようとした。が、おにぎりしか持ってこなかったのを思い出す。


「ごめん。タクアンしかないや」


 残念がる琴子に対し、楠は目を輝かせている。



「わあ、紀の川漬じゃないですか! 大好きなんですよーっ!」


 楠は、嬉しそうにタクアンをかじった。


「甘くておいしいです!」


 紀州大根をうす塩で浅漬風に漬け込んだタクアンを、紀ノ川漬けというらしい。


 他にも、楠は食の話題を色々と教えてくれた。孝明とは違うタイプだが、話しやすい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る