第12話 他人が握ったおにぎり食べられるか問題
中間テストも始まり、琴子とすれ違う時間も増えている。
たった数日だが、賑やかだった奴がいないと、味気ない。
こんな気分になったのはいつ以来か。
とはいえ、たまには一人で食べる夕飯も悪くないかな。そう、孝明は思いかけていた。
しかし、そんな思いは扉を開けた途端にかき消える。
いつもより早い時間に、琴子が来店していたからだ。
「はーい。たっだいまー」
今日の琴子は、なぜかジャージ姿である。あと少々、土臭い。
「なんだ、そのカッコウ?」
「あのねー、遠足!」
「林間学校って言わないか?」
「それだとキャンプになっちゃうよ。校外学習だね」
なんでも、山に登って背景をスケッチする授業だったそうな。
「ご感想は?」
「つまんなかったー」
急に、琴子の目が光をなくす。
「班はいい子たちばっかりだったよ。ほっといてくれたから。でも、バスの中だと話し相手がいなくて。ずっと窓の外眺めてた」
男子がたまに声をかけてきたが、「うるさい」と強めに言ったら引き下がったらしい。
「いじめられてるわけじゃないだろ?」
「まあね。話しかけられたら普通にしゃべるよ。こっちから声をかけないだけ」
そんな態度で、よく学生生活を送れるモノだ。
早く大人になってしまった方がいいタイプだと思う。
「あ、おじさん、お弁当美味しかった! ごちそうさまでした。おかげでさ、惨めな思いをしなくて済んだよー」
「そいつはよかった。お粗末様」
外で食べる弁当は、さぞうまかったろう。
公園のベンチで自然の景色を眺めながらなら、コンビニの弁当でも悪くないときだってある。
ただ、琴子の場合は学生だ。
自分は良くても、生徒たちは割り切れないだろう。
お節介を焼いてくるかも知れない。
「何を食ったんだ?」
「おにぎり二個と、おにぎらず一個!」
容器だと洗って返さなければ悪いと、琴子がリクエストしたらしい。
アルミホイルで包むだけだから、持ち運びも便利だ。
おかずはタクアン。おにぎらずは、レタスでコメとツナマヨを巻いたそうな。
「いいな。大将、サバ定食。あと、メシはおにぎりの方をくれるか?」
手作りのおにぎりなんて、何年ぶりだろう。コンビニではたまに買うが。
「味は?」
「塩だけ。あと追加でタクアンも」
大将がおにぎりを握り始める。
もうコメの香りだけでうまそうだ。
当然、そう思うのは孝明だけではない。
「あーもうダメ。またおじさんのおにぎりが食べたくなってきた。おじさん、あたしも一個。おかずはコメくんと一緒で!」
二人分のおにぎりが用意された。
一つは塩のみ。
もう一つは琴子の分だ。海苔が巻いてある。
サバの煮付けをつつきつつ、おにぎりを味わう。
塩だけにして大正解だ。煮付けの濃い味とマッチする。
「うーん。最高ォーッ!」
パリッパリの海苔の食感を、琴子は噛みしめていた。
「そういえばさ、コトコトって、人の握ったおにぎり食えるんだな」
「今日ね、クラスの子も言ってたよ」
琴子の声色が、唐突に低くなる。
昼食時、同じ班の子が食べていた弁当に、難癖をを付けてくるギャルがいたらしい。
生徒の母親が作ったらしきおにぎりを、ギャルは罵倒し始めたという。
「『えー、わたしぃ、人が握ったおにぎり食べられなーい』ってさ。うっざ! 自分ではカワイイと思ってたんだろうね」
発言者らしき人物をマネしながら、琴子が眉をひそめる。心底嫌っている人の話をする顔だ。
「人が作ってくれたものにケチつけんなっての! アッタマきてさ。ソイツの弁当からお米むしって、おにぎりにしてやったの。アタシのタクアンまで添えて」
発言者は、唖然としながらもおにぎりを受け取ったらしい。
「『ちゃんと手を洗ってるから』って言って、差し出したのね。ソイツ、ちゃんと食べたよ。そしたら、一八〇度意見変わってやんの。『おにぎりってサイコー』って」
ネイルをしているので、手が汚れるのを嫌っていただけだったらしい。
結果、おにぎり女子とギャルは和解した。
琴子のポジションは、歓喜と恐怖でプラマイゼロらしいが。
これぞ、琴子の言う『未知の領域へ踏み込む』ってヤツだ。
「オマエさ、いい奴だな」
琴子は何も、自分から世界に見切りを付けて、隔絶されようとは思っていない。
なんらかのきっかけさえあれば、繋がりたいのだと思う。
「そう?」
「だってさ、こんな冴えないオッサンにまで、手を差し伸べるヤツだしな。おにぎり食べていた子を助けたくて、そんなマネできるってさ、すごいよ」
「あああああ、あたしはただ、おにぎりをバカにするヤツは敵! って思っただけなんだなぁ」
『おにぎりが主食の画伯』を想起させる話し方で、琴子は弁解する。
いまさら取り繕ったって見え見えなのだが。
「ふはー。ごちそうさま!」
おにぎりとサバ定食を堪能した二人は、同時に手を合わせた。
「あ、そうだ。コメくん」
なぜか、琴子が髪を整え始める。
「どうした、あらたまって?」
「連絡先教えてよ」
「はあ?」
何を言い出すかと思えば。
「だってさ、この間、あたしが中間の時、入れ違いになったでしょ? あたしそのとき塾の時間までズレて一緒に食べられなかったじゃん」
そういえば。一人でこの店に寄って食べたのは、あの時が初めてだったなと。
「だからさ、大丈夫な時間を教え合うために、連絡先をですな」
「親に指摘されないか?」
「友達だって言っておくから大丈夫。ホラ早く」
プライベート名義で、コミュニケーションサイトに登録し合う。
JKからのアドレスゲット、と本来ならば喜ぶべきなんだろうけど。
なぜか孝明は、波乱の予感しかしない。
「あ、そうだ」
「どしたん?」
「オレさ、仕事辞めたから」
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