第9話 家で料理しないのか問題

「コメくんって、おうちでお料理とかしないの?」


 朝食の後、琴子ことこから問いかけられた。


 食後のコーヒーを一口飲んで、孝明こうめいは考え込む。

「ガッツリは、やらないなぁ」


 料理を覚える必要性は感じている。

 簡単なモノは、家でもやっていたり。

 だが、絶対にこだわらないようにしている。


「どうして?」

「妥協できなくなるんだよ。人の作った料理に」


 色々できてしまうと、ストイックになりすぎてしまう。

 自分に対しても、他人に対しても。

 一日掛けてカレーを煮込んだり、高価なチャーシューを作ったり。


 孝明の同僚たちも、コダワリ派が多い。

 グルメブログを立ち上げて、美食家を気取る先輩や、自称ラーメン通の後輩が多くいる。


 たいてい、そういうヤツらの勧める食事は、マニアックすぎて口に合わない。


 孝明は、社食で充分なのだ。

「舌が貧しい」と言われようが構うものか。

 ヘタに舌が肥えて何も受け付けない人間になるくらいなら、雑食で生きてやる。


 なので、孝明は味には徹底的にこだわらず、客層や内装の雰囲気などで店を選ぶ。

 自分で作る頻度も意図的に減らしているのだ。


「凝ったって、ロクなコトがないぜ」

「うん、めんどくさいよね」



「確かに、めんどくさいんだよ。それで離婚したのが、藤枝課長だからな」


◇ * ◇ * ◇ * ◇


 ダンナが家事全部をパーフェクトにこなせる完璧超人だったのである。


 そのため、生粋のキャリアウーマンで料理できない勢だった藤枝は、あっさり捨てられた。


 親権を手に入れられただけでも、奇跡なのである。


 その子が本当に、立派だった。


『父は一人で生きている方が、きっと気楽だ。自分はもっと人間味のある方の親につく。今度は自分が男手になって、母を支えたい』


 と言ってのけた。


 元夫は、ぐうの音も出なかったという。


 できた息子だ。このあたりは夫に似たのだろう。

 しかし、愛情は母親に似たかも。


 というわけで、藤枝は母子家庭ながら、仕事・家事・子育てに励んでいる。

 

「すごい話だね」

 孝明が藤枝の話をすると、琴子はいつも不機嫌になる。

 ところが、今日は感心していた。


「まだ七歳だぜ、そいつ。甘えたい盛りだってのに」


 もし自分だったらなんて、孝明には想像も付かなかった。



「それに、この店に来る理由もできたしな」

「どんなどんな?」




「お前がいるからな」




 言ってはみたが、少々照れくさい。




「ちょ、ちょっと。下心耐性ないんですけど」

「意味をはき違えないでくれ。誰かと食べたいって意味で言ったんだ」

「そっかー」



 家には、寝て帰るだけだ。

 食事も、一人で取ることになる。

 その方が、経済的で合理的だろう。


 しかし、何の張り合いもないと気づいてしまった。

 人と関わりなんて煩わしいだけだと思っていたのに。


 気づかせてくれたのは、隣にいるごく普通のJKで。


「今はもう、JKの香りをクンカしないとゴハン食べられないと」

「語弊のある言い方をするな」



 とにかく、もう一人での食事に耐えられなくなっているのは確かだ。




 会社に居場所がない分、人恋しくなっていたのだろう。




「なぁんだ。一緒かー」

「そうなのか?」


「あたしも、両親は健在で、仲もいいんだけど、よすぎてさ。一緒に海外へ出張に行っちゃった。だからさ、お金だけ送ってきてくれるんだ。けど、もらいすぎてて」


 琴子によると、もう高校の学費は全額払ってくれているらしい。

 その上、食費と称して結構な金額を振り込んでくれた。


「他にも、これまでくれて」


 カバンから、琴子が定期を出す。

 銀行直結型の電子マネーカードだ。

 定期代以外にも、色々と使える。


「足りなかったらこっちを使いな、って渡された。まったく。足りるっつーの。どんだけ食うんだってば」

「すごいな。最近の子どもは合理的というか」



「お金だけあってもねー。ホントに気心の知れた友人って、コメくんくらいでさ」




 それだけ、自分が信頼されているというワケか。


「ありがとな。感謝してるんだ。こんなヤツに話しかけてくれてさ」

「お互い様」


 席を立ち、琴子がカバンを持ち上げる。

「こんなあたしでよかったら、いつでも話し相手になるよ」

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