なしひとへのお題は『遠くて近い光・吊り上った唇に目を奪われる・解けたリボン』です。

 会社の一駅手前で電車が止まってしまったので線路沿いの小道を歩き始めて、しかし丸二日が経とうとしている。

 どうしてこうなってしまったのかはわからないが、そもそものきっかけは人身事故だった。

 私の乗っていた通勤電車が子供を撥ねたらしかった。

 踏切を超えたと思ったら急に減速しだし、震え声のアナウンスで乗客は線路上へと降ろされる。

 数人の乗客は電車の下を覗いていたが、私は線路沿いのフェンスに引っかかっていた血まみれのリボンを見ていた。

 どう考えてもこの路線の電車はしばらく来ないだろうと判断した私は、まず会社に遅刻する旨をメールし、少女が撥ねられたのだろう踏切まで戻って線路の外に出た。

 タクシーを利用するつもりだったが、場所は住宅街真ん中で、客を乗せていないそれを探すのは骨が折れそうだった。会社までは残りひと駅分の距離もなく、地図アプリで確認したところ二十分ほどの歩行でたどり着けそうだった。

 そのような理由から、私は会社に向かって歩き始めたのだった。

 線路沿いには狭い車道があり、それを愚直にたどっていけば迷いはしないだろう、と。

 思っていたのが二日前のことである。途中で見かけた自販機で食いつなぎつつ会社最寄り駅を目指すが、一向にたどり着けない。

 ずっと電車が止まったままの線路を横目に、地図アプリを確認するも、壊れてしまったのか、現在地は地名も読めない中東あたりに飛ばされていた。

 すれ違った周辺住民を捕まえて話しかけるも、その人の口から出てきたのは、明らかに日本語ではなかったし、その人の肌は硬い鱗に覆われていた。

 そもそも二日経ったと認識できるのは時計の経過時間のみで、日差しは全く陰ることがなく、つまりは夜が来ない。

 会社の緊急連絡先に電話するも通じない。

 警察に電話するも通じない。

 私は無駄なあがきをやめて、今日も会社に向けての果てしない歩みを再開する。

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