なしひとへのお題は『誰も知らない二人だけの秘密・ばくんと心臓が跳ねる・置き忘れた仮面』です。

 町の人たちの顔を剥ぐ遊びを考えだしたのは、ユリコのほうだった。

 私は一応止めたのだ。いくら知らない人とはいえ、痛がったら可哀想じゃない、と。

 ユリコは笑って言った。じゃあ殺してから剥ぎ取ってしまえば、サヤカも文句ないよね、と。

 そのときの私は上手い反論がとっさに思いつかず、結局その遊びは始まってしまった。

 先に断っておくなら、私とユリコは人間ではない。というか私たちとしても、自分たちが何者であるのかをよく知らない。物心ついた頃には両親は家にいなかったし、それから数百年ほど経っても見た目はせいぜい小学生程度までしか成長しなかったし、ナイフで互いの心臓を刺してみたり、ご飯を食べずにひたすら眠り続けていてもなかなか死ななかった(気分は悪くなる)。

 たぶん魔女だよ、とユリコは主張した。

 私は内心ゾンビを推している。魔女よりゾンビのほうがカッコいいと思うからだ。

 しかしユリコのほうが年上である(とユリコが主張する)ので、魔女説が正しいことにされている。特に不満はない。

 私たちが魔女なら、とユリコは続けた。町の人たちの心を恐怖に染め上げなきゃだね。

 町の人たちに何か恨みでもあるのかと私は尋ねるが、ユリコの言うことはよくわからない。

 ないけどさ、でも私たちが何もしなければ、私たちは存在しないのと一緒だよ。魔女は魔法を使うから魔女なんだ。

 じゃあ魔法を使いなよ、魔女なんでしょ? と私が言う。

 虎屏風みたいなこと言わないで。できないに決まってるじゃん。

 じゃあどうするの。

 うーん、とユリコは首を傾げて、にっこりと笑う。

 人の顔でも剥いでみようか?

 

 私たちには、いくつか人より優れているところがあった。

 まず月の夜でも、昼間のように周囲がよく見える。それから嗅覚や聴覚の性能も狼程度にはあり、何より、力がものすごく強い(だからやっぱり、私たちはゾンビだと思う)。

 弱点は、強いてあげるなら退屈にとても弱い。

 最新のゲームソフト(私たちは毎週、遠くのおもちゃ屋で盗んでくる)はすぐにやりきってしまうし、映画や小説も、この町で手に入るものは数年で消費しきってしまった。

 だから町の人たちの顔を剥ぐことを提案されたとき、私は口では反対しつつも、内心わくわくしていたのだ。そのことはきっとユリコにも伝わっていた。

 じゃあ、まずは私が襲う役ね、とユリコは台所の包丁立てに刺さっていたサバイバルナイフを手に取る。

 私は?

 サヤカは餌役。迷子のふりをして、獲物の注意を引くの。

 時々は交代ね?

 わかってるって。


 そのようにして、私たちは町の人たちの顔を一人ずつ剥いでいった。剥ぎ取った顔は、適当な家の玄関のドアノブに掛けた。

 一日三人をノルマにしていたら、三日目には夜中に町を出歩く人は誰もいなくなっていた。

 どうしようか、とユリコに相談される。

 町の人がいなくなったわけじゃないよ、と私は答える。

 つまり? 、とユリコは尋ねる。

 家の中にいるじゃん、と私は答える。


 他人の家の鍵は物理的に壊して開けた。

 もう餌役はいらなかった。

 ユリコはお気に入りの顔の皮をかぶって、侵入した家の中をわざとゆっくり歩く。何なら、『きらきら星』を歌いながら歩く。住人が恐怖にかられて襲撃してきたら、返り討ちにする。かくれんぼを始めたら、見つけ出すまで家の中を一晩中家探しする。もしも家から抜け出して逃げようとしたら、外で待ち構えている私がその住人を殺す。

 そうして一軒ずつ、私たちは町の人たちの顔を剥いでいった。


 しかしとうとうある日、銃声が響き渡る。

 私はその家の玄関口で、ユリコが住人を皆殺しにするのを待っているところだった。

 仕方なく、銃声のした二階へと上がる。

 ユリコが胸元に手を当てて苦しそうにひざまずいている。

 その向かいにはボロ布のようにずたずたにされた男と、銃口から煙がのぼっているライフルが転がっている。

 銀の弾だったよ、と。ユリコは黒い血を吐きながら、苦しそうに微笑む。

 死んじゃうかもね、と私が言う。

 うん、やっと退屈じゃなくなる、とユリコが言う。

 それがユリコの最期の言葉になる。

 私は朝までの長い時間を掛けて、ユリコの顔の皮を剥ぎ取る。

 その顔をかぶって、私は少しだけ泣く。



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