なしひとへのお題は『さざなみが湧き起こる・触れたら壊れてしまいそう・不安要素は摘み取って』です。

 刺される瞬間は何度体験しても気分が悪い。

 僕が殺されるたびにタイムリープを繰り返して、とっくの昔に数えるのはやめようと何度も思ったけど何だかんだで数え続けて4,297回目の死を迎えた夜。

 次の瞬間、僕が目を覚ました朝はもはや見慣れすぎてPTSDを引き起こしそうなほどに見慣れた、君と出会う日の朝だった。

 このあとの展開はすでにわかりすぎるほどにわかりきっている。僕のこの起床時間はすでに遅刻ギリギリの時間帯で、僕は学校へと急いで走る羽目になる。あるいはいっそのこと一限を捨てる覚悟で、母親の残してくれた朝ごはんを優雅に食べる。

 どちらにせよ、僕は必ずその登校路のある曲がり角で彼女と遭遇するのだ。

 ここは絶対に変えられない。

 もちろん最初は混乱した。世界には因果的決定論という考え方がある。つまりすべての出来事には原因があり、その結果としての今現在のありとあらゆる事物が存在するのだ。

 常識的に考えて、僕が遅刻を受け入れるか否か――その差異がバタフライ・エフェクト級のダイナミクスを産みだしたところで、彼女がその曲がり角に差し掛かる瞬間に差分が生じるはずはないのだ。

 であるならば彼女はこの朝、偶然を装ってパンを咥えてぶつかるタイミングを曲がり角の向こうで小一時間に渡って測り続けていたというのが妥当なところであり、所詮すべては彼女の手のひらの上なのである。

 そして僕は彼女と出会う。

 彼女は白々しくも出会い頭の衝突を謝罪し、僕の学校へと案内してくれるよう頼み込んでくる。何を隠そう、彼女は今日転校してくる転校生であり、慣れない土地を行くうちに道に迷ってしまったのだとか嘘八百を並べ立てる。

 もちろん彼女が転校してくるクラスは僕のクラスであり、僕のクラスにある空き席は数週間前に家族ごと突然蒸発したFくんの席のみであり、その席は僕の隣だ。

「すごい偶然だけど、もしかして仕組んだんじゃないの?」

 一度、どこかのループでそうカマをかけたことがある。僕が何度もタイムリープしていることがバレたら何をされるかわからないため、この程度の追及が限度だった。

 しかし彼女は、

「こんなにも素敵なあなたと出会えるなら、もちろん私は、いくらでも手の込んだ準備を致しますわ」

 と。半ば開き直りのような返事をするのだった。

 閑話休題。

 それから数週間のうちに色々あって、やがて彼女と付き合う羽目になるのである。

 この間のイベントは本当に多岐にわたり、相合い傘イベント、休日図書館遭遇イベント、テスト前の勉強会イベント、市営プール水着イベント、家出押しかけイベントに夏祭りイベントに雪山遭難イベントに保健室遭遇イベントまで多様多種だ。

 ぜんぶでおそらく100種類くらいのシナリオがあり、そのうちのいくつかについては彼女のお嬢様設定や季節設定と矛盾を起こしているものもあるが、とにかく数週間のうちに僕は彼女と何度も遭遇し、仲を深める。

 僕はどうにか彼女からの好感度を下げようと、わざとひどい態度をとってみたり奇抜な格好で登校したり土下座しながら彼女の靴を舐めてみたりしたが、そのたびに彼女はアクロバティックな超解釈を行い、むしろ好感度を高める始末だった。

 気が狂ってるとしか思えない。

 そして付き合い始めて数日後、僕の殺される日がやって来る。

 じつは彼女の家は呪われているのだと、彼女は打ち明ける。

 かつて彼女の先祖は、家の繁栄の代償として、子孫の配偶者を悪神に捧げる契約を行っており、したがって僕はその悪神の用意した試練を乗り越えなければ、彼女と結ばれることはないのだという。

 そしてこの話をされた日の夜から、僕は夜な夜な、武者鎧を着た大柄の男に襲われる羽目となる。その男は暗がりのある場所ならどこからでも湧いて出てきて、僕をその錆びた日本刀で殺そうとする。ソファの底下から、自販機の裏側から、あるいは便器の奥底からさえも。

 その襲撃に七日間耐えきれれば、晴れて試練は終わり、彼女と結ばれることができるのだと言う。また、彼女の父親や祖父もその試練を乗り越えて彼女の母親や祖母と結ばれており、頑張ればできない話でもないのだと言う。

 とはいえ、現状僕は4,279回も殺され続けている。

 運良く僕がタイムリープの才能の持ち主でなければ、とっくの昔にこの話は終わっていたはずだった。僕の死骸を前に、彼女は悲しみはするだろうけれど、自分には見合わない男だったと諦め、次の花婿候補を探したのだろう。

 しかし偶然にも彼女が選んだのは、死ぬとループする僕だった。

 いかなる理由で僕が彼女に選ばれたのかは知らない。おそらく試練を乗り越えた後の初夜イベントあたりで明かされる伏線だろう。じつは昔一度だけ一緒に遊んだことのある幼馴染だったとか、そんな感じの。

 とにもかくにも、僕はこの試練を乗り越えなければ次のストーリーに進めないのである。しかもこのルート以外に攻略可能ヒロインは存在しないようなのである。(低価格エロゲか?)

 せめて望むらくは、毎回最初からループするのでなく、試練の直前にセーブ&ロードができればいいのだけれど。

 パッチ修正を待つ次第である。


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