無人へのお題は『残された希望・君の総てを飲み干したい・夢は夢にしかならず』です。
もしもあなたが、この世のすべての事柄を認識することができるとしよう。
すなわち、全知全能の前半分。君の名前は全知さんだ。
世界は滅びかけている。未知のウイルスが世界中に蔓延し、生きとし生けるものはすべて、暗がりをうごめく火星の風になってしまった。
夢の中であなたはすべてを知っている。
そのウイルスの治療のためには、とある少女だけが持つ抗体が必要なことを。そしてその少女は約800年前に奴隷として街で売られ、とある旅商人の気まぐれに買われ、ボロ雑巾のようにこき使われて死んでしまったことを。そしてその肉は野犬に食われ、骨は虫に分解され、遺伝子の欠片一つ残らず土に還ってしまったことを。
したがって、人類が救われる唯一の希望はとうの昔に完璧に絶たれてしまっているのだと、あなたは知ってしまっている。
誰に話したところで信じられはしまい。そもそもが、人間は自分の見たいものしか見ない生き物だ。しかしあなたが知っていることは紛れもなく事実なのだ。
この世界はすでに滅んでいる。
しかしあなたはそれでもいいような気さえしている。なぜならその唯一の希望だった800年前に死んだ少女は、それほどに悲劇的な人生を歩んでいたことを、あなたは知っているからだ。
その少女に優しさは一欠片も与えられなかった。
その少女が安心して眠れる場所はどこにもなかった。
誰もが彼女から何かを奪い、無能を蔑み、音を立てて彼女の上を踏み歩き、振り返ることすらせずどこか遠くへと歩み去ってしまった。
ひょっとしたら、とあなたは思う。
いまこの世界に蔓延している致死性のウイルスは、彼女の復讐なのではないか、とあなたは思う。
その真偽をあなたは確かめることができる。
しかしあなたは確認せず、愉快な想像に、あなたにとっての真実の行く末を任せる。
世界は滅びようとしている。
全知のあなたは一人で笑い転げている。
少女の墓はこの世界のどこにも用意されなかった。
だからこそ、この世界は滅びようとしている。
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