なしひとへのお題は『足の指先までも・細い鎖を手に・20年後も変わらず』です。

 産まれてきたその赤子は、母とつながるへその緒が金の鎖でできていた。

 出産を手掛けた産科医は、用意していたチタン入りの手術用ハサミとその金のへその緒を見比べて、くるりと一度そのハサミを回して、金属トレーに置き戻した。

 その赤子と母親は、互いの腹の間に金の鎖を携えたまま、一方は成長し、もう一方は年老いていった。

 その鎖は伸縮自在で、赤子が学校へと通う歳になった際にも、赤子の通学路に長々と鎖が横たわっているという欠点を除けば、さほど不便はなかった。

 赤子はやがてすくすくと育ち、恋人の前でワイシャツを脱ぎ、裸になる。

「あら、おへそのそれは何?」

 そう問われて、赤子はどう説明したものかと戸惑う。

「へその緒だよ。お袋とつながっているんだ」

「私が知っているへその緒と少し違っているようね」

「そうかもしれない。でもそれで何か問題あるかい?」

 恋人の少女は少し考えたあと、何も言わずに制服のスカートを足元に落とす。

 それから一時間後、少女は思い出したように、赤子の耳元でささやく。

「へその緒が残っているのだから、もしかしたらあなたは本当のところ、まだ産まれてないのかもしれないわね。そうだとしたら、私は赤ちゃんと寝たことになるから問題だわ」

「……」

 いまさら言うことじゃないだろう、と赤子は内心思う。

 その頃、赤子の母親は台所の小さな椅子に腰掛けて、終わりなく繰り返す家事の疲労に呆然としている。手元で自身の服の下へとつながる鎖を無意識にもてあそぶ。食卓のうえに置かれた蓋付きのガラス瓶に、ポケットの内側から取り出したくしゃくしゃの100ドル札を入れる。

 寝室では彼女が名前も知らない男が、ワイシャツに袖を通している。

 赤子はやがて結婚し、婚姻相手との間に子どもが産まれる。その子のへその緒は金属製ではなく、したがって産まれると同時にそのへその緒は切られて落ちる。

 それはとても不思議なことだと赤子は思う。

 母親は椅子に腰掛けて編み物をしている。編み物は、幼児用の靴下を形作りつつある。

 やがて母親は息を引き取り、冷たく重い墓の下へと埋められる。

 赤子のへそから伸びる鎖は、墓場の土へと繋がれることになる。

 それはとても不気味なことだと赤子は思う。

「俺が死んだら、」赤子は同じベットへと入った自らの老妻に、冗談交じりにこう言う。「お袋と同じ棺に納めてくれ。遠い昔、俺があの人の腹の中にいたときと同じように」

 少しの年月が経ったあと、赤子は実際にそのように埋葬される。

 二つの人骨の間に、金製の鎖だけが長々ととぐろを巻いて横たわる。


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