なしひとへのお題は『唇の味・君を喰らわば毒まで・研ぎ澄まされた爪と牙』です。

 『アミルスタン羊の唇ソテー』。

 『両脚羊の口端包み焼き』。

 どちらにせよ羊扱いが妥当なところであるらしい。味としても仔牛のそれよりは仔羊のそれのほうがたしかに食感が似ている。

 ファースト・キスはレモン味とよく聞くが、私の場合はウスターソース(近所のスーパーの日替わりセールで特価319円)の味がした。

 『可愛い』という感情と『美味しそう』という感情は、脳の近い位置にあるらしい。

 私が好きになった人は、とても美味しそうな大腿筋を両脚に蓄えていた。

 考えてみれば不思議なものである。

 人間は歴史上のどこかの時点で狩りをやめて牧畜を始めた。釣りをやめて養殖を始めた。

 もっとも、近頃は脳内ファンタジー寄りの人々の圧力で、牧畜すらやめてひたすら大豆を食べるのが流行っているらしい。でもって、SF嗜好の方々にウケがいいのは昆虫食だとか。

 それにしても、とても不思議な話だと思う。

 単にタンパク質を食べる必要があるなら、もっと手近にわんさと繁殖している哺乳類がいるではないか(何なら牛や山羊と同じように母乳も出せる)。

 人間には三大欲求がある。食欲、性欲、睡眠欲だ。

 好きな人を食べると、なんとそのうちの二つが同時に満たせてしまうのだ。

 もしかしたらこの文章の読者のうちに、自分もそのメニューを自宅で試してみたいと思う方がいるかもしれない。なので、(再現性があるのかは不明だけど、)私がたどった手順を以下に記しておこうと思う。

 まずその一、狩りは簡単だ。人間のオスはメスの求愛行動に対して非常に脆弱だ。私は家族が留守である時間帯を狙って、好きな人を自宅に誘い込んだ。腕力差があるので正面から襲うことはせず、風呂場に誘い込んで頸動脈に切れ込みを入れた。

 この狩猟方法の良い点は、風呂場で血抜きをすれば簡単に洗い流せるし、自然な流れで自分も相手も裸にできるので血まみれの衣類の処理に困らなくて済む点だ。

 その二、解体はそのまま風呂場で行った。成人男性の体重は平均約65kg。どう考えても数日以内に食べ切れる量ではないので、希少で美味しい最高級の部位だけ切り取って、他はぜんぶ捨てる。もったいないけど食べるときにはいただきますを欠かさないので命への感謝は十分なはずだ。

 その三、採取した肉をお好みで調理し、食べる。生食もまぁまぁいける。

 その四、残りの部位を近くの川に投げ捨てる。言っていなかったが、私の住んでいる場所はまぁまぁの田舎で、夜中になると周囲の民家から明かりは一切消えて、人を引きずって歩いていても怒られることはない。川に放り込めば、明日の朝頃には日本海までたどり着いているという寸法だ。

 私はこの方法で四人の同級生を美味しくいただいてきた。

 考えてみれば当然かもしれないが、学校は大騒ぎで、連続猟奇殺人鬼を捕まえるべく高校生探偵まで出張ってくる始末であるらしいが、私は来月には卒業してしまうのでよく知らない。

 あぁ、そうなのだ。私は四月から上京して、都内の私立大学に通う予定なのだ。

 ご存知の通り、牛や豚も、産地や育て方によって味が大きく異なる。

 大学生活がいまから楽しみで仕方がない。



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