なしひとへのお題は『さらば、日常・一度でいいからキスをください・恋をしましょう』です。
古川さんが、こっそりと拳銃を教室に持ち込んでると気が付いたのは、つい最近のことだった。
その校則違反は僕以外の誰にもバレていないようだったし、古川さんも、僕が知っているとは、たぶん最後の最後まで気付いてなかったみたい。
じゃあどうして僕が気付けたのかって。それは、本当に偶然で――体育の時間に、教室から人影が消えたタイミングで古川さんの私物を盗むつもりだったから。
カバンを開けたら拳銃が出てきた。
それだけ。
想像して欲しいのはそのときの僕の心中に音もなく吹き荒れた、大いなる混乱の様相だ。
使用済み生理用品のひとつでもないかと期待していたら、急にグロッグ17(実弾入り)が目の前にあらわれるだなんて事態。平均的な一般人を自称する僕にはぶっちゃけキャパオーバーだ。
正直なんというか……反応に困る。
まぁそんな物騒なものの話はともかく、どうして僕が古川さんの私物を漁るに至ったのかの話をしようと思う。
そもそも僕と古川さんの関係は同じクラスのクラスメイトという以上ではなく、向こうから挨拶をしてくることもなければ、こちらから挨拶をすることもない。
そんな距離感の相手と、たとえば恋仲になろうとしたとき、人は如何様なアプローチが可能だろうか?
まずは相手のことをよく知りたい――いや、知ることこそが重要な一歩だと思わないかな?
となれば、話しかけるよりも彼女の友達から間接的に話を聞くよりも、彼女の私物を漁ることこそが近道の――
いや、言いたいことはわかる。
わかるけど一旦、それは脇に置いておいてくれ……
いいから置け! ……わかるだろう? ゆっくりと、だ……僕は興奮している。下手に刺激したら何するかわからないぞ。そう……
よろしい。
で、だ。
それで他人(そう描写しても問題ないほど彼我の距離は遠い)のことをよく知るためには、特に相手が他の人間に隠しているものこそ、当人の本質を知る手立てとなる――というのが僕の持論で。
……習慣性の話は誰もしていないよ。再犯の話も。
ともかく。
そんなこんなで、古川さんのカバンのうちに拳銃を見つけた僕は息を飲んだ。
そして自問した。
僕は果たして、教室にこっそり拳銃を持ち込むような性癖の持ち主でも好意を持ち続けることができるのだろうか、と。
答えはもちろんYESだった。
しかして僕は、彼女のカバンのうちに何も見なかったことにして、そのまま腹痛で抜け出した体育の授業に戻った。
教師にはもちろん、警察にさえ告げることもせずに。
意外に思うかな? 市民の通報義務に反していると?
しかし他人(特に自身が好意を抱いている相手)の抱える秘密を勝手に(覗くまではともかく)暴露するだなんて行為は、どう控えめに見積もっても紳士的態度とは呼べまい。
むしろこれをネタに、古川さんに交際を脅迫するほうがよほど旨味が――
というのは冗談で(いや、本当に)。
むしろ僕が強く心を痛めたのは、いかなる理由によって、古川さんが拳銃だなんて物騒なものを教室に持ち込むに至ったのかだ。
ご存知の通り、この国では未成年はおろか、成人でさえも銃火器の所持・譲渡・販売はすべて違法だ。
であるからには、古川さんがそれを鍵のかかる机の引き出しに仕舞い込むならまだしも、見つかるかもしれない危険を犯してまで教室に持ち込んだということは――僕の拙い想像力の及ぶ範囲のうち9割9分のシナリオにおいてはどれも――古川さんの窮地を意味していた。
……。
こうして考えてみると、嘘から出た真というか。意外にも、好きな相手をよく知るという建前が案外本当になりつつある気がして、自身の先見の明に内心舌を巻いてたり――
いや、これは流石に冗談。
※
古川さんが拳銃を持ち込んでいた理由は、あっけなく判明した。
たぶん君も一度は授業中に想像したことがあるんじゃないかと思うけど、小銃やミサイルを抱えたテロリスト集団が、突如として装甲車で校庭に乗り込んできて、僕らの学校を襲撃するっていう妄想。
あれがマジのリアルで起こった。
突然の事態に混乱するうちに、やがて授業中だった僕らの教室にもテロリストがやってきて、銃口を僕らに向け、おとなしく拘束されるよう荒っぽく指図した。
その瞬間。
何度も訓練したようななめらかな動きで、自身のカバンから拳銃を引き抜いた古川さんは、ためらいの欠片も見せずに、教室の入口に立っていたテロリストの首筋を撃ち抜いた。
「……」
目の前のあんまりな事態に息もつけない他の生徒達と違って、僕だけは、長らくの疑問がようやく解けて、腑に落ちたような心地だった――古川さんが拳銃を持ち込んでいたのはこの日が来ることを知っていたからなのだと。
だからこそ、動けた。
まだ息のあったテロリストが、懐に隠し持っていた小型拳銃を取り出し古川さんへと銃口を向ける。
さらなるテロリストの増援を警戒し、廊下へと注意を向けていた古川さんは、自身の危機にまったく気付いてなくて――
銃声。
放たれた銃弾の射線上にかろうじて割り込めた僕の身体は。どうにかテロリストの銃弾が古川さんへと届くことを阻み、代わりに僕の肩からは明らかに致死ラインとわかるレベルの血がどばどば噴き出ていた。
少し驚いた様子を見せた古川さんは、しかし僕が助からないと見て取ると、感謝の素振りさえ見せずに踵を返し、他のテロリストたちを殺しに向かった。
「……っ、かは!」
むせかえるように喉奥から湧き出る自らの血に、僕は溺れる。
キスのひとつでも期待したわけではないし、拳銃を持ち込むような神経の持ち主にまともな情緒を期待するつもりもなかったけれど。死ぬ間際に好意を抱いていた相手へと、恨み言半分に思うことには。
せめて去り際――倒れている僕から見える角度のパンチラくらいサービスで見せてくれてもバチは当たらないんじゃないかと。
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