なしひとへのお題は『言葉にも声にも出来ない・舌の先が痺れるほど・何よりも君が欲しい』です。

 Tさんが小学生の頃に流行っていたという『オマジナイ』とやらは、それはそれは突拍子もないものだったそうな。

「でもオマジナイって言ったらぜんぶ妙な設定だったりするものでしょ」

「それはそうだけど、普通はコックリさんとか縁結びとかでしょ? うちのはほら、なんてったってキノコだったのよ」、と。

 そうTさんは眉をしかめてみせた。

 私が何か聞き間違えたかと思い、問い直してみたところ、彼女の言うキノコとは担子菌門や子嚢菌門にあたる、シメジやシイタケのたぐいで間違いないというのだ。

「いま考えればそりゃ、冗談みたいな話だと思うけど。でも、みんな真剣に噂してたのよ……食べたら願いが叶うキノコだって」

「それってまさか、マジック・マシュルームとかそんな危ない何かじゃなくて?」

「まさか、違うわよ」

 たぶん、と。自信なさげにTさんは小声で付け足した。

 さらに詳しく話してくれたところによれば、その特殊なオマジナイ用のキノコは校舎裏手の林のどこかに、雨の降る夕方頃に限ってのみ生えており、それを見つけて生で丸々一本食べると――

「その子が普段から望んでいる願いがひとつだけ叶うっていうのよ」

「……はぁ」

「それで探してみようってことになって」

「はぁ?」

 Tさんたち仲良しグループは、小雨の降る夕暮れを待って、キノコが見つかると言われているジャストなタイミングで、校舎裏の林へと繰り出したそうな。

「校舎裏って一言で言っても、それって結局敷地外に一歩踏み出れば、そのまま県境の山にまで続いちゃうようなところで、すぐに運動場辺りから聞こえていた知らない子達の声も遠くなって」

 やがて周囲も暗くなり始めたのだという。

「小学生の放課後ってんだから、ほとんど昼みたいな時間帯よ。なのにその林のあたりだけは、ちょうど山の陰になる影響で日当たりが悪くてねぇ。私なんかはもともと神経太いほうだったんだけど、それでも気味悪くて……でもいまさら帰るのも中途半端だよね、せっかく来たんだものねって、私達どんどん進んでいったの。そしたら、」

 とうとう、Tさんと一緒に行動していたうちの一人が泣き出してしまったというのだ。

「詩織ちゃんって子で。彼女が一番そのキノコを欲しがってたの」

 言い出しっぺで、と。

「ってことは、彼女は何か叶えたい願いでもあったの?」

「好きな子がいたらしいのよね――」

 詩織ちゃんの想い人は同じクラスのKくんで、詩織ちゃんはキノコを見つけた暁には、そのKくんと両想いになりたいとのことだったらしい。

「もともと末っ子気質というか、みんなの中心にいたがるタイプの子で、周りも思わず甘やかしちゃうような雰囲気を持ってる子だったのよ。それでそのときも、言い出しっぺの詩織がもう帰りたいって言うなら帰ろうかってことになって――

 でもってちょうどそのとき、あ、って私が最初に気づいたのよ」

 Tさんの足元には、例の願いが叶うというキノコが生えていたのだという。

「聞いてた通りのちょっと自然には生えてこないような色形で。

 しかもなんと。図ったように人数分」

 Tさんたちは大喜びでそのキノコを採取した。

「それで一人一本、その場で食べちゃったの」

「そしたらみんなの願いは叶ったの?」

「わかんない」

「わかんないって……?」

「だって年頃の女の子よ? みんなそれぞれ願いごと内緒にしてて、明け透けにしてたのなんて詩織だけだったから」

「ならTさんの願いは?」

「私? 私はそもそも特に何か願ってたわけじゃないのよ、あくまで付き合いで……オカルトとか全然信じてなかったし、願いなんて自力で叶えるものくらいに思っていたし」

 もしかしたら知らないうちに叶ってたのかもしれないけど、と。

「……」

 釈然としないオチに、こちらが拍子抜けしていれば。

「でもね、不思議なことがひとつだけあったのよ」、と。

「不思議なことって?」

「いつの間にか詩織が消えちゃったの」

 それはキノコを丸呑みにした各々が、落ち着いた辺りで改めて、互いを見渡すまでの一瞬のことだったという。

「あれ詩織は? って訊いても、他の子に『詩織って誰?』って逆に尋ね返されちゃって」

 最初はふざけてるのかと思ったが、どうやら本気らしく、そのまま何となく変な雰囲気になって逃げるように彼女たちは林から降りてしまったのだという。

「それで、詩織ちゃんは?」

「そのまま。私も気味が悪くて仕方なかったけど、変に騒いで頭おかしいように見られたくなかったし、そのうち私自身、もともと詩織なんていなかったような気がしてきちゃって――」

 今日初めて他人に話したわ、と。

「……」

「それじゃあ、旦那待たせてるから。これで失礼するわね」

 そう立ち上がった彼女が喫茶店から出ていくのを眺める。

 ドアを出たところで、夫らしき男の腕にしがみついて。

「ええ、ちょうどいま。何の話って――だから昨日言ったじゃない、私達の小学校の、女子の間で流行ってたオマジナイの話を――」

 喫茶店のドアが閉まって、Tさんと――

 それからおそらく、Kくんだったのだろう男の姿は見えなくなる。



 

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