nidosinaへのお題は『猛毒にも似た君の声・あなたが好きです・いつか君と一緒に』です

 ふと気になったので。

 貴重なコーヒータイムを削ってまで、思い切って爪を切りキレイにヤスリ掛けまでしたのち、学校へと向かった朝のこと。

「ねぇ、羽古」

「んー?」

「告白ってされたことある?」、と。

 んー????

 振り返れば思いのほか真剣な面持ちで、不和子が。

 あ、ちなみに不和子ってのは、私の近所に住んでいる幼馴染で。

 それはいつも通り。二人きりで登校している場面。校門まで残り30メートルといった地点にて。

「えっと、あの。そのー……、」

「……」

「ないが?」

「ないの? 告白されたこと」

「というか、なんで?」

「なんでって、何が?」

「なんでそんなこと突然脈絡なく訊くの、って」

「やー、なんとなく」

「ほーん」

 なんとなくかー。

 と、素直に納得するほどに私は甘くない。

 やいのやいのと問い詰めて。同じ教室にたどり着く二秒前。


「告白されたの?!!」


 教室中の全員が振り返るほどの大声でそうリアクションを取ってしまった私が、こればかりはギルティ。

「……」

 不和子は黙ってしまって、俯き。私は教室の内側でいたたまれぬような面持ちでひっそりとこちらに目をやる塚見くんと目が合う。

 塚見くん。

 くだんの、昨日未明に不和子を屋上に呼び出して格好付けて告白した当の本人だったり。

 


 言い訳をさせてもらえるのなら、私がそんなに驚いたのにはわけがある。

 いや、別に。幼馴染に恋愛偏差値で引けをとったことそれ自体にかくも動揺を覚えるほど、私の経験浅薄というわけでなく。そうじゃなくて。そうじゃなくて。逆に不和子の顔があれという話でもなくて。

 塚見くん――

 が、喋るところを私はもちろん、クラスの誰も聞いたことがなかったから。

 驚いちゃって。

「それはそうかもだけどさ……」

「だからごめんって」

 同じ日の昼休み。体育館裏の日陰で、不和子と弁当を食べながら。

「じゃあ不和子は聞いたんだ?」

「塚見くんの声? そりゃ告白されたんだから、……ねぇ?」

「どんな声だった?」

「……」

 不和子はしばらく答えなかった。

 不自然な沈黙。

 俯いて。音が遠のく。

 しかしやがて。

「普通だったよ」、と。

「……」

 微笑みを返されて。

 即座にその言葉が嘘だとわかってしまって、返事を見失ったのは私の方だった。

「それじゃあ――」

 思わず視線を逸してしまったのも。

「二人は付き合うんだ?」

「ううん、付き合わないよ」

「え」

 見上げれば。

「告白されたけど、そのあとすぐ振られちゃった」

「……なんで?」

「塚見くん、じつは家の仕事が忙しいから付き合えないって。でも本当に私のこと好きだから気持ちだけは伝えたいって」

「……」

「こんな告白困るよねって、塚見くん謝って。私がそんなことないよって言って。それでおしまいだったの」

「……」

 あぁ、これも嘘だな。と。

 私は気づかないふりをした。



 それから数週間後だった。

 不和子が近くの川に死体で浮いているのが見つかり、塚見くんが失踪したのは。

 不和子の身体には複雑な幾何学模様の焼け跡が刻まれていて、よく見ればそれはどうやら言語のようであり、見る角度によってはエジプト壁画のように見えなくもなかったとか。

 塚見くんの戸籍は祖父母の代までさかのぼってもすべて偽装されたもので、元々彼の名前も、存在も謎に包まれたものだったとか。

 色々と不思議なことが一度に判明して、周囲はこの上ないほど大騒ぎになったけれど。

 私が気になったのは一点だけ。

 不和子と塚見くんは、告白されたあの日に役所に婚姻届を提出していたそうで。

「……」

 これまた見ようによっては、色々と錯綜した話のうちの、たった一つ。

 本当の気持ちというものは、結局こんな形式的な手続きの形でしか残らないものなのかもしれないな。

 と。

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