Sixth Chapter...7/24

気怠い朝

 久しぶりに、寝付けなかった。

 最後にスマホの画面を見たのは深夜二時ごろだったか。過ぎていく時間に苛立ちながら、それでも眠れない。あの感覚を味わうのは苦しかった。

 少しずつ、世界が狂い始めているような、そんな思いに囚われる。耳をそばだたせれば、正常な世界が欠け落ちていくような、パラパラという音すら聞こえるような、危ない錯覚にも陥った。


「……」


 グループチャットの履歴を見る。あれから虎牙も内容を見たようで、既読は二つになっている。だが、彼は特に返事をしていない。異常過ぎて、返しようがなかったのかもしれない。

 昨日、龍美が送った画像は、彼女自身が書いた文字だった。いや、正確に言うなら、彼女の手が勝手に書いたものという方がいいのか。要するにそれは、彼女が以前話していた自動筆記によるものだったらしい。

 あの時間、勉強をしていた彼女は突然頭痛に襲われ、同時に鬼の唸り声が聞こえるのに気が付いたという。怖くなって机に突っ伏していたとき、体が震えだし、何故か手だけが勝手に動いて『死』の文字を書いた……そんな経緯のようだった。

 鬼封じの池の一件もあり、龍美のショックは相当のものだったらしく、僕は一人でしばらくの間龍美と通話をして宥めていた。何というか、あんなに女の子らしい龍美は面食らうというか喋りにくいというか。早く普段の強気を取り戻してほしいと祈りながら、僕は声を掛け続けたのだった。

 そんなことがあり、僕は自身に起きた異常については話すことができなかった。多分、龍美を落ち着かせた後に自分の金縛りについて話していたら、また彼女を落ち着かせないといけなくなっていたことだろう。今日、話す機会がもしあれば話してみよう。僕だって、このままでは気持ち悪いし。

 寝不足のせいで、瞼は重いし頭にも鈍い痛みが走る。正直、二度寝したい誘惑に駆られたのだが、試験日にそんなことをして休むのは流石に気が引ける。僕は無理やりに体を起こすと、剥ぎ取るようにカーテンを捲り、朝の光を部屋に通した。……残念ながら、今日も曇り空だ。

 テキパキと着替えを済ませ、リビングへ。朝食は既に用意されていて、父さんと母さんは席に座って僕を待ってくれていた。ぎこちなく笑い、おはようと挨拶して僕も自分の席に着く。


「あら、隈が出来てるわよ」


 箸を手に取るなり、母さんにそう指摘された。一目で分かるくらいくっきり出来ているのか。ちょっと恥ずかしい。


「寝付けなくって」

「昨日も調子が悪そうだったが、試験のせいなんじゃないか?」


 父さんに言われる。やっぱり、この時期に悩みがあるとすればイコール試験と思われるのは当然か。そういうわけではないのだが、だからといって本当のことを言うわけにもいかない。僕は少し悩んで、曖昧に頷いておくことにした。


「……何か不安なことがあったら、誰にでも頼るんだぞ。もう、一人で抱えなくていいことは分かっているね」

「……うん。ありがとう、父さん」


 勿論、分かっている。昔みたいに一人で悩み抜いて、最後まで苦しみ続けて、どうしようもなくなるなんてのは嫌だから。

 誰にだって頼れる。そんな今が壊れるのは、絶対に嫌だ。

 心労のせいか、胃が痛んで食欲は出なかったが、それではいけないと朝食を詰め込む。そして僕は身支度を整え、行ってきますと元気よく言い放ってから学校へ向かった。

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