痛くて危険な魔王討伐はもう古い!?

@tyousasimi

第1話 『弱くても魔王の前に立つ事は出来ます』

「どういう事だ...」


赤い絨毯の敷かれた薄暗い大広間で俺、信楽浩太しがらきこうたの声が寂しく木霊する。

周りには誰もいなく、更には物も何も置かれておらず、奥には更に道が続いていそうだが暗闇に阻まれてよく見えない。

...何でこんな所にいるんだ。


一旦、状況を整理しよう。


俺はいつも通り学校から帰る途中だったはずだ。

で、確か喉が渇いたなと思って自動販売機でコーラを買ったら当たりが出て...そこから先の記憶がない。

ここにきてしまった原因はその辺りにありそうだが...

全く思い出す事が出来ない。

考えられるのは誘拐とかだが、金持ちの御坊ちゃまでもないザ・普通の家庭に生まれた俺をわざわざ連れ去る意味がそもそも分からないし、身体とかが全く縛られていないのもおかしい。

まだ誘拐犯が見張ってるとかならともかく...そんな様子もないし、そう考えるとその線は考えづらい。

これ以上考えても何も分かりそうにないので、ここにいる理由は置いておこう。


次はここがどこかという事だ。


外ならば電柱を見たり、交番に寄ったりしてどの辺りにいるかは分かるが、ここは屋内でしかも誰もいなく何もない...と手がかりがゼロである。


「うーん、あまりここに留まる意味は無さそうだな」


屋外に出れば何か分かるかもしれないので、取り敢えず出口を探そうとした瞬間______


「......っ!?」


暗闇に手前から順に赤い光が次々と灯り始め、隠された通路...いや、階段が映し出される。

よく見ると階段の両端には松明のようなものが立っていて、柱には飛龍のレリーフが彫られていた。

松明の光で暗闇が完全に姿を消し、その列の最後尾に位置する龍の頭部の形の対となっている石像の口元から一際大きな光が漏れ、立派な玉座の存在が露わになる。


「よくぞ、我が城に参った。勇者よ...私は貴様と対面するこの時を心待ちにしていた」


そこに座っていたのは肩ほどまでで切りそろえた黒みがかった青藍の髪を優雅に払う、切れ目で凛とした印象の少女だった。

漆黒のマントを翻し、頭にはクリムゾンレッドの角というコスプレのような格好をした彼女は足を組んだ状態で静かな微笑みを浮かべている。

あれ、この見た目に品格漂うアルトボイス...何処かで聞いたことある気がする。

実際に会ったことは多分ないけど何度も見慣れた容姿と聞き慣れた声だと思うんが...誰だっけな。


それとこの少女、俺の事を勇者と言わなかったか。

...こんな冴えない普段着の男のどこに勇者要素があるのか聞きたい。

訝しげな表情の俺を他所に玉座に鎮座する少女は心底楽しそうに続ける。


「我が名はインディゴ。魔物達の頂点に君臨し、繁栄に導く唯一無二の魔王...さあ、勇者よ!私と貴様の故郷を賭けた勝負を...むむ?」


「あ.....」


やっと今の状況を理解した。

魔王インディゴという名前を聞いた事によりバラバラだったピースが一つに繋がっていく。


魔王インディゴ...は俺がハマっているゲーム『レトワール戦記』のラスボスだ。

容姿も声も性格も全てが一致するのでこの世界はレトワール戦記の世界と考えていいだろう。


「(何でか知らないけど...やったぁぁぁ!!)」


ここが全く知らない異世界なら不安と寂しさでパニックになってただろうし、すぐに帰りたいと思っただろう...しかし、大好きなゲームの世界に実際に来れたとなれば話は別だ。

そんなものよりも歓喜と興奮が頭を埋め尽くし、心の中で密かにガッツポーズを決める。

このゲームは勇者の友達の主人公が仲間と共に様々な強敵を倒して主人公達の故郷レトワールの危機を救うという内容で、クリアした後には勇者と恋仲になり結婚したり、他の異性の仲間と仲良くなる...なんて言うアフターストーリーも用意されている


何故...らしいなのか。


それはこのゲームが発売されて一年が経った今でもとしてクリア出来ていないからだ。

簡単に言うと今、俺の目の前にいる魔王かのじょが強すぎるのだ。


主人公、勇者、他の仲間のレベルをマックスにまで上げ、装備を最高品質のものに整えても三ターン目には防御無視全体攻撃でなすすべもなく全滅する。

三ターンより前に倒してしまえばいいじゃないかというかもしれないが、それは無理だ。

インディゴが持つのは破壊力だけではなくカッチカッチの防御力も併せ持つ。

必死に攻撃してもダメージがなかなか通らず、もたもたしてる間に三ターン目に...死んでしまう。

どんな手段を用いても勝てない為、負けイベだとかバグだとか言われていたのだが敗北するとゲームオーバーになるし、運営は『ゲームの仕様として問題ない』の一点張り。


どんどんとユーザーがクリアを諦めてエンディングを見ぬまま脱落していく様からこのゲームは『終わりなき物語』と有名になった。

そう呼ばれる原因となった魔王は前屈みになりながら俺の頭から爪先までを観察する。


「貴様、本当に勇者か?武器も鎧も身につけてないし...まるで一般人のようだな。圧倒されるような勇者特有の覇気がない」


本当に一般人だから当たり前だ。

いや、困った。

『レトワール戦記』の世界に来れて嬉しかったのだが...これって問題のラスボス前だよね?

よりにもよって、散々史上最強と呼ばれている魔王インディゴが目の前にいるとか...あれ、詰みじゃない。

何とかして生き残るにはどうすれば______


...ここは勇者でないと打ち明けてここから逃げよう。

幸い、もう勇者じゃないんじゃないかと疑ってくれているし、勇者との戦いを心待ちにしてるわけだから俺みたいなのには気にも留めないだろう。


「あの、実は俺は勇者じゃないんですよね」


「む、やっぱりそうなのか?」


「はい、だから魔王様と戦うつもりなんてさらさらないし、そんな力も持ってません」


「.....なるほど」


インディゴが納得したように頷く。

お、これは行けるんじゃないか。


「だから俺は帰り...」


「いや、ちょっと待て。それはおかしいぞ?」


背中を向けようとする俺をインディゴが引き止める。

...物理的に引き止められてしまった。

まるで身体が石像にでもなってしまったかのようにビクともしない。


「うむ?試しに弱めの拘束魔法をかけてみたのだがその様子だとちゃんとかかってるみたいだな...でも、ここに来るまでは私の部下との戦いを避けては通れないし...あやつらこんなのに負けたのか?」


そんなに上手くはいかなかった。

ゲームでは魔王ほどチートではないにしろ強力な四人の部下を倒し、彼ら各々が持つ四色のオーブを集めないと魔王の居城への道は開かれないようになっている。

そして、居城の中でもオーガパラディンやダイヤモンドゴーレムなど油断ならない魔物が彷徨う中を突破しなければならない。


つまり、俺は魔王の部下を全員倒し、居城も無傷同然で潜り抜けているはずなのに簡単な拘束魔法にまんまとかかるおかしな奴だ。

インディゴはしばらく考え込んでいたがやがて飽きたと呟いて玉座から徐ろに立ち上がった。


「よくわからん...仕方ない______殺しとくか」


「.......え?」


「そもそも私の居城に入ってきた時点で生かして帰す義理はないしな...」


望んで入ったわけじゃないんだけど。

そんな事を言ったところで彼女は聞く耳を持たないだろう。

魔王インディゴは拘束魔法を解くことなく右手に闇の矢を創造し、矢先をゆっくりと俺に向ける。

あ、これは死ぬ。

本気の攻撃ではなさそうだが、装備もない普通の人間が耐えられるものではなさそうだ。


「終わりだ....よく分からない者よ」


特に表情を変えることなく彼女は闇の矢を放つ。

それはどんどんと俺の胸元...心臓へと迫ってくる。

このまま俺は死んでしまうのだろうか。

それとも現実世界で何事もなかったかのように目を覚ますのだろうか。

どっちにしろ...この矢が痛いのは嫌だな。


避けられない矢の直撃に俺はゆっくりと目を閉じてその時を待った。

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