第6話 傲慢王子なんて国の滅亡フラグでしょ
午前九時。
私はとうとう、学園という名の決戦の地に下り立った。
白いタイトなブレザーに長めのスカートは、どこぞの修道女かっていう清楚系。淡い水色の髪がよく映えるから、まぁ許そう。
シドは護衛らしく私のすぐそばに控えていて、その姿を見たご令嬢たちから「きゃぁ」と黄色い悲鳴が起こった。
悪役令嬢の私より目立つなんて、一体どういうバグ!?
じろりとシドを睨むと、完全に外向きの笑顔を向けられる。
「どうなさいました?」
「ふぐぅっ……!」
かっこいいぃぃぃ!
でもそんなこと思っている場合じゃない。
朱に染まった頬を見られたくなくて、私はふいっと彼から目を逸らす。
「やっぱり、馬車じゃなくて魔導スクーターで来ればよかった」
「いや、お嬢。あれは街中では危険ですから」
シドが止めるのも無理はない。
私が原付をイメージして造らせた魔導スクーターは、時速50キロで浮いて進む魔法の原付だ。
燃費がすごく悪いので、シドやお兄様しか運転できないけれど、あれならば私と二人乗りで通学できた。
裏口に停めて、こっそり来ればよかったのだ。
馬車なんかに乗って正面から登校してしまったから、シドをこんなに多くの学園生に見られてしまった。
朝から憂鬱な気分ではあるけれど、私はマーカス公爵家の娘。
学園では、淑女の鑑として振る舞わなくてはいけない。
「いくわよ」
「はい」
注目を浴びる中、私は背筋を伸ばして颯爽と歩いた。
教室に入ると、さっそくご令嬢に囲まれている婚約者の姿があった。
無視しておきたいけれど、一応挨拶はしなくてはいけない。
「お嬢、がんばって」
「ええ。行ってくるわ」
シドは中には入らず、私を教室に送り届けるとすぐに去っていった。学園内にある私専用の部屋で待機するのだ。
ため息が出そうになるのを必死でこらえ、バロック殿下のもとへ静々と向かう。
あぁ、さっきから私に気づいているくせに「気づいてないよ」という顔が小憎らしい!
このまま頭突きでもしてやろうか、そんな考えが頭をよぎる。でもさすがにそんなことしたら、不敬罪で牢屋に直行してしまうだろうな。
私は渋々、バロック殿下に声をかけた。
「殿下、お久しぶりでございます」
「あぁ。変わりないようだな」
襟のふちが金色で飾られた真っ白のブレザーを来た王子は、今日も麗しい。赤い髪が風になびき、見た目だけはさすが王族だ。
私を見ると、「婚約者だから仕方なく会話するよ」感たっぷりで挨拶を交わす。
「お元気そうで……これからは学園で毎日お会いできるなんて光栄ですわ」
口からすらすらと社交辞令が出てくるのは、公爵令嬢としての嗜みなわけで。
「ふっ、そうだろう。たまにであれば昼食を一緒に摂ってもよいぞ」
「まぁ」
うん、絶対に嫌。私の社交辞令を真に受けた王子は、昼食を摂ろうなんてめずらしいことを言った。
言葉だけ聞けば、婚約者に声をかけるやさしい王子かもしれないが、その両サイドには茶髪と金髪のご令嬢を侍らせて、あろうことか彼女たちの肩を抱いている。
婚約者と話をする姿勢じゃないからね!?
その子たちも、私という婚約者がいても一向に王子から離れようとしない。このまま王子と付き合っていても、純潔を散らされて捨てられるだけだというのに、本当におめでたい人たちだと思う。
だいたいこんな王子が次期国王だなんて、国の滅亡フラグでしょ。いくらこの国が近隣諸国に比べて大国だからって、愚王が立つなんて未来が闇すぎる。
それに、仮にも恋愛小説のキャラなんだからもうちょっと女癖がよくないと。爽やかなのは見た目だけである。
「その制服、なかなか似合っているではないか」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
私のことを上から下まで舐めるように見る目が気持ち悪い。
さっさと下がろう。そうしよう。
「それでは失礼いたします」
くるっと振り返った私は、もう一秒たりともこの不埒な王子と関わりたくないという気持ちでいっぱいだった。
私が媚びへつらうことを期待していた王子は、それを裏切られて射るような視線を向けてくるが、そんなことは知ったこっちゃない。
恋愛小説では「ちょっと女性関係が派手な王子」っていう設定だったはずなのに、ちょっとどころじゃないのはなんでだ!?ヒロインと出会って改心するっていうストーリー展開はどうなるんだろう。
え、やだよ、私。あんなのと結婚するの。
ヒロインを発見して、私の家の力を使って学園に編入させなければ。
私は悪役令嬢にならずに、品行方正な公爵令嬢として平和な学園生活を送るんだ。
まだいける。
まだ間に合う。
しかし数日後、私の目論見はあっけなく崩れ去るのだった。
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