第7話 ヒロインが見つかりました
入学してから三日後、私はシドから報告を受けて急いで街に出てきていた。
シドはいつもの格好だけれど、
やめて。
私の乙女心をダイレクトに刺激してくるのやめて!
美形の黒ぶちメガネは、攻撃力無限大だから!
かっこよすぎて直視できない私を連れ、シドは大通りをずんずんと歩いて庶民が集まる飲食店のある場所へとやってきた。
さりげなく手を繋がれて、私の心臓はバックンバックン鳴っている。
今日、私、死ぬ。
でもそんな私の緊張なんて露ほども気づかないシドは、お目当ての弁当屋の近くに着くと、路地からその店をこっそりと監視する。
「お嬢、いました。あの子です」
私も壁からひょこっと顔を出し、シドの腕を両手でつかみながら弁当屋の方を凝視する。
「あの子が……?」
美しい金髪を安物のリボンで一つにまとめ、でもハツラツとした明るい笑顔で接客している女の子。
いた。
「間違いないわ、ククリカ・ラリー男爵令嬢よ……!」
信じられない。
ヒロイン、弁当売ってるよ!!!!
シドから受けた報告によると、なんとヒロインは十五歳で幼なじみ(モブの庶民)と結婚して、二人で弁当屋を営んでいた。確かにラリー男爵家は借金があり、貴族らしい生活はしていなかったから、娘が働きに出ても不思議ではない。
でも!
でもでも!!
学園に通わず、幼なじみと弁当屋を開くってどういうこと!?
「まさか彼女も転生者なの?」
学園に通ったら、王子に目をつけられるって知っていたから……
それを回避したとしか思えない。
「痛い!お嬢、痛いです」
「あ、ごめんなさい」
いつのまにかシドの腕をぎゅうぎゅうと掴んで、握りつぶしそうになっていた。
パッと手を離すと、シドは私が掴んでいた部分を一生懸命に擦りだす。ものすごく痛かったみたい。
「ねぇ、あの店でお弁当買ってもいい?」
「それは構いませんが」
シドはそう言って、私に銅貨を何枚かくれた。
しまった、私ったら銀貨しか持っていなかった。お店の弁当を全部買い占められるくらいのお金だ。
「いってきまーす!」
「俺も行きます!」
飛び出した私を慌てて追うシド。再び手を掴まれて、心臓がドキンと跳ねる。
「迷子になるし、人攫いに遭って犯人を殴り殺したらどうするんですか!?」
ちょっと待て。殴り殺すこと前提ってどういうこと!?
ひどい言われようだ。
でも手を繋がれるのはうれしいから、ここはスルーしよう。
ごきげんな私は、ヒロインから直接お弁当を買った。
お弁当といっても、木でできたボックスに詰められたおかずとパンを買うだけ。ボックスは使い捨てではなく、次回買うときはそれを洗って持ってきておかずを入れてもらうのだ。
私は初めてなので、ボックスごとおかずを購入した。
「ありがとうございます!!」
「おいしそうね」
「はい!私が作りました!」
かわいい。
金髪碧眼のヒロイン、お人形みたいでかわいい。
何よりその元気で明るい笑顔が素敵だと思った。
性格もいいのに、お弁当も作れるなんて……!
ちょっとうらやましい。
私はお弁当を受け取ると、ククリカの姿が見える噴水のそばでお弁当を開けた。
そして。
中身を見て衝撃を受ける。
「こっ……これは肉じゃがと卵焼き!?」
この世界では初めて見た日本の味に愕然とする。
もう絶対にククリカ・ラリーも転生者じゃん!
「変わった料理ですね。異国の食事かな」
シドも興味津々と言った顔で覗き込む。
フォークで卵焼きを刺し、そっと口の中に運ぶ。
「んうっ!!!!」
だ、だし巻たまごだとぉぉぉぉぉぉぉぉ!?
このまろやかな昆布だしの味わい……脳がおかしくなるほどうまいと叫んでいる。
「こ、昆布の乾物を買って帰ろう」
確か有名なのは、北方にあるラウッスー産昆布。お高いけれどマーカス公爵家なら買い放題だ。
よし、帰りに絶対買うぞ。
肉じゃがも文句なしにおいしかった。
いんげん豆の代わりに謎の緑の茎が入っているのは「もういらないんじゃない?」と思ったけれど、ダシの味がここまで私を幸せな気分にしてくれるなんてびっくりだ。
シドも気に入ったみたいで、「うまい」と言って食べている。
あぁ、この味を我が家の料理人が再現してくれないかな。帰りにもう一つ買って帰ろうと思った。
そして、完食した私は、ぼんやりと夢み心地でククリカの働く姿を眺める。
ククリカは老若男女みんなに愛されていて、きびきびと働いていた。
夫らしき青年も優しそうで、二人はとても愛し合っているのが伝わってくる。
「とても、いい子ね……」
「そうですね。で、どうします?」
シドが一応尋ねてきた。
私がククリカをどうしても学園に編入させたいと言ったから、それに対しての「どうします?」だろう。
がっくりとうなだれた私からは、自然にため息が漏れた。
「あんな幸せを壊せるわけないでしょう。でも……このままじゃ気が収まらない!」
立ち上がると、私は再び弁当屋に向かった。
私より先に、自分だけこの運命から離脱するなんてずるい!どうして誘ってくれなかったのよ!!
友達でもないのに、私は腹を立ててしまった。
「あら?お姉さん、どうかなさいました?」
ククリカは、私を見て笑顔で言う。
何も知らずに接客して、悪役令嬢である私に気づきもしない。
手の中に硬貨をぎゅっと握りしめた私は、ククリカに告げた。
「お弁当、あと十個ください」
「ありがとうございます!」
シドが不思議そうに私たちを交互に見つめ、十個ものお弁当を受け取った。
私はニヤッと意地悪い笑みを浮かべ、彼女の手に銀貨を握らせた。
悔しいけれど、これが今できる最大の嫌がらせだ。
「お、お客様!?」
ふふふ、動揺してる。
そうだろう、十倍以上のお金を渡されたんだ。
金持ちからのほどこしを受け、悔し泣きすればいい!
「釣りはいらないわ!!」
私はそう言い放ち、颯爽と立ち去った。
純粋なヒロインはきっと多すぎる支払いに悩むだろう。
悪役令嬢の妬み・
「お客様っ!」
ククリカの困惑する声を聞きながら、私は二度とここへは来ないと誓って走り去った。
「美味しかったなぁ……だし巻きたまご」
明日からは、御者に買いに行かせることにした。
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