第5話 お嬢様と飼い犬

今日は入学式。

お兄様は領地でトラブルがあっておとといから王都を離れているので、残念ながらここにはいない。


ただ、邸はとても賑やかで、真白い制服を纏った私は玄関で盛大にお見送りされていた。


「「「お嬢ぉぉぉ!いってらぁぁぁぁ!!」」」


何とかならないか、コレ。

マーカス公爵家は由緒正しき貴族でありながら、裏社会を牛耳るマフィアみたいな顔も持っている。


使用人は普通の人だっているけれど、衛兵や護衛はほとんどが顔や身体に傷を持つ屈強な男たち。

一般人が絶対に近づきたくないオールスターズで構成されている。


「へへっ……お嬢、どうかご無事での通学を」


イカツイ顔のロッソが、胸元から謎の袋をスッと取り出して渡してくる。


「これは?」


「気分がよくなるもんです」


袋を開けると、中には色とりどりのキャンディが入っていた。


うん、ロッソは古参の護衛だけれど、私のことを未だに5歳くらいだと思っていないか。

確かに昔は、飴をもらってごきげんになっていたけれども。


いつまでもこども扱いは不満だ。

でもこのキャンディ、おいしいからいただいておこう。


「いってくるわ」


ずらりと並んだ黒ずくめの物騒な男たちにお見送りされ、私はシドと一緒に家を出て馬車に乗りこんだ。


ガタゴトと揺れる馬車の中、私はクッションを抱き締めて憂鬱な顔をしてしまう。

はっきり言って、寝不足なのだ。不安で不安で、六時間しか眠れなかった。


「お嬢、顔が死んでます」


「失礼ね。ギリギリ生きてるわよ」


「それと、聞いてもいいですか?」


正面に座るシドは、遠慮がちに私を見た。目は合わない。彼の視線は、私の前髪に向かっているから。


「どうなさったので?その前髪」


「うっ、やっぱりわかった?」


「そりゃあ、そんだけバッサリいってたら……」


昨日まで横分けだった前髪は、ぱっつんになっている。


「ちょっとでも悪役っぽくないようにしてみたの。印象を良くしたくて」


ほら、ヒロインってだいたい前髪あるパターンでしょ?

横分けとかセンター分けの前髪なしは、悪役令嬢っぽいというか。


私の気も知らずに、シドはぶはっと吹き出した。


「そんなに心配しなくても、悪いことしなきゃ大丈夫ですよ。その悪役令嬢っていうのは、本当にいろんなことをやらかしてるんでしょ?」


「それはそうだけど」


まずは形から入ってみたのだ。

前髪ぱっつん女子に悪い子はいない、はず。


「それに、よくお似合いですよ。その制服。白がよく似合います。悪役には見えません」


「そ、そう?やっぱり?」


褒められてちょっと照れる。

手のひらの上でコロコロ転がされている気がするけれど、シドに褒められるとうれしいんだから仕方ない。


「シドも一緒に着てくればよかったのに」


「嫌ですよ、そんな汚れやすい制服」


シドは、もう卒業しているから制服は来ていない。ダークグレーのローブに、インナーは上下とも黒。


ローブの首元にある、紫色のブローチが目立つ。


この国の魔導士は階級制で、身分証にもなるブローチで階級がわかる。最高位はシドのつけているスピネルという宝石が授与され、火・水・土・風・雷・闇・聖など全属性の魔法が使える者にしかその地位は得られない。


魔導士の階級はスピネルから始まり、青、赤、緑、黄、白という6階級がある。最下位の白は、ギリギリ魔法が使えますっていうくらいのレベルなので、わざわざ登録しない人もいるが、黄以上は就職に有利なのでほとんどが登録しているらしい。


「私もシドみたいに魔法が自由自在に使えれば、魔法学院にいけたのに」


「お嬢はちょっと特殊ですからね……」


魔力の量は多いけれど、放出することができないというのが私の特殊性だ。

火の玉を作っても、指にくっつけているうちは大丈夫だが、遠くに投げようとするとすぐに霧散して消えてしまう。


「癒しの力とかが欲しかったわ」


「聖女様のようにですか?お嬢が聖女って……ぶっ」


失礼極まりないな!

半眼で睨んでいると、シドがスッと背筋を伸ばして窓の外をわざとらしく見る。


私だって、悪役令嬢が聖女なんて無理だということくらいわかってる。でもまっとうに生きてきたんだから、せめてかっこいい転生チートスキルが欲しかった。


「どうせ私にできるのは、魔力を纏わせた素手でぶん殴ることくらいですよ」


「普通はそっちの方が難しいですからね?」


どうしてこんなストリートファイタースキルなんだろう。

格闘家でもあるまいし。だいたい、格闘家と戦ったら普通に負けるし。


「あぁっ、思考が晴れないわ。もっと楽しいことを考えましょう!」


「そうですよ、お嬢。学園ではきっと楽しいことがありますって」


「本当に?」


「ええ、本当に」


シドがそういうなら、そうかもしれない。

私は満面の笑みで彼を見た。


「そうそう、お嬢のことなら俺が何とかしますから」


シドはいつもそう言って笑ってくれる。

でもスピネルの魔導士なら私の護衛をしなくても、世界各国から引く手あまたのはず。私の亡きお父様に恩があるからって、いつまでも律儀に仕えてくれるシドに申し訳ない気持ちもある。


「ねぇ、シドは私の護衛でいいの?まぁ、私みたいに高貴な美女を守れるなんてめったにない仕事だけれど」


「ソウデスネ」


全然心がこもってないわね!?

ぷくっと頬を膨らませて拗ねると、シドはクスッと笑った。


「俺はお嬢の犬なんで、ずっと飼われますよ」


「またそんなこと言って」


とんだイケメンすぎる人面犬だ。


「お忘れですか?あなたのお父上が私を拾ったんですよ」


あれはシドが八歳、私が五歳の頃だった。


『お父様、かわいい犬が欲しい』


無邪気におねだりした私は、まさか父が「犬っぽい少年」を連れて帰ってくるとは思わなかった。

うん、お父様の感性がものすごく怖かった。


お父様ったら「ヴィアラに飼えそうな犬がいなかったんだよね、だから犬っぽい子を拾ってきたんだ」と。王城に行って、犬っぽい少年を拾ってくるってなんだろう。


今でもあれはよくわからない。


シドがお城にいたのか、それとも道中にいたのかはわからないし、連れてきた父はもう天国に行ってしまった。

それでもシドは未だに私のそばから離れない。


「これからも、ずっとそばにいてくれる……?」


「お嬢、いつになく弱気ですね」


指摘され、思わず眉間にシワが寄る。

でも仕方ない。試すようなことを言ってしまうのは、私がシドに対して並々ならぬ愛情を持っているからだ。


王子の婚約者でありながら、一介の護衛である彼のことを慕っているから。


そんな私の気持ちを知ってか知らずか、シドはにっこり笑って言った。


「大丈夫ですよ!ここより給金が良くていっぱい休める仕事はないんで、どこにもいきません」


「そこは嘘でも、お嬢についていきますって言いなさいよ!」


「はーい、ついていきま~す」


「軽い!軽いわ!!」


甘い言葉をかけて欲しいなんて贅沢は言わないから、せめて忠誠心のある護衛のふりをして欲しい。


なんだか悩んでいるのもばからしくなり、雨がしとしと降り注ぐ窓の外をぼんやりと眺めた。


あいにくの空模様だけれど、今日から私は決戦の地に向かうんだ。しょっぱなから悪役令嬢が余ってしまうというイレギュラーな事態だけれど、抜け道はあるはず。


大丈夫、シドがついていてくれるんだから私は負けない。


ぎゅっと拳を握りしめ、私は呟いた。


「私、絶対に生き抜いてみせる……!」


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