屯所

私は泣いていた。暗くて暑くて狭いところで泣いていた。

声を殺すために押さえつけたのどの痛みと、感情の奔流で泣いていた。

おかあさんは目の前で死んだ。おとうさんも多分死んだだろう。おにいちゃんはわからない。おにいちゃんがクローゼットから出てしばらく経っているけど、お兄ちゃんの声はしばらく聞いてない。もしかしたらおにいちゃんも…


「クソ!遅かったか!」「いや待て、これは…」「君、名前は?」


こえがきこえてきた。しらないおとこのひとたちのこえだ


「馬鹿野郎!」「おい、よせ!こいつは…」「それより探さないと!」


こわい。だれかがおこってる。私は更に体を縮めた。小さな体が、折れるくらいに。


「クローゼットだな!?」


だれかくる。そう思ってぎゅっと体をこわばらせる。バン!という大きな音とともに、光が入ってきた。

「大丈夫か君!おい!生存者だ!」


そこから先は、4歳の誕生日の日まで、記憶がない。



「!…は、は、は、はぁ…」

夢…だ。私にとって忌まわしい、あの日の記憶だ。胸糞が悪くなって、布団から出ようとしたときに、自分の体が汗で濡れていることに気付いた。体の真ん中だけ雨に当たったみたいに、ぐっしょりと濡れていた。

「うわ…着替えよう…。」

ベッドから出てパジャマのボタンをはずし始めたとき、階段を上がる音が聞こえた。

「結雨子ー?入るよー?」

兄の柳也が、ドアをそっと開けて入ってきた。手には私のExorが握られている。

「うわ、汗びっしょり!濡れタオル持ってくるよ。あ、あと整備終わったよ。」

「ありがとう。できれば水もお願い。」

「はいはい~」

柳也はきれい好きで、よく私の装備の点検をしてくれている。Exorを展開していない時はただの棒きれだが、その中に仕込まれた機構部分などは定期的に診てやらないと、肝心な時に展開できなくなるというトラブルに見舞われることになる。機構部分には「物質変換液」と呼ばれる特殊な薬剤が格納されており、声紋認証と同時にモデル体(展開前のExor)全体に付着、微弱な電気を流すことで武器体(展開後のExor)に変形させることができる。この液体を通す管は展開のたびに瞬間的に強い圧力がかかるので、整備が必要なのだ。ちなみに適当な武器と精製されたばかりの物質変換液があれば、形を覚えさせてやることは出来る。武器を液に浸し、電気を流し続ける。4時間ほど経ってから、液を取り出し、薬剤循環機構に入れてやる。あとは元となった武器に近い形をしたモデル体にその機構を付け、最後にそれ全体を何らかの呪術処置をすれば完成だ。その為、祓穢士はそれぞれ好きな形の武器を使っている。


「はい、水とタオルね。」

私は貰った水を一気に飲み干し、タオルで体全体をごしごし拭いていく。体全体が冷えていき、だんだん目も覚めていく。


「涼香ちゃん、あれから大丈夫だった?」

「うん。青静さんに診てもらって、傷も浅いし大丈夫だって。公園で起こして送ってったよ。頭痛はあったみたいだけど、学校でも元気そうだった。」

「よかった…大事な友達だもんね。」

「うん。よかった…。」

体は拭き終わったが、どうにもまだ気持ち悪い。シャワーでも浴びよう。

「シャワー浴びてくる。」

「あ、結雨子!今日は空いてる?」

「うん、屯所で待機するくらいかな。」

「今日屯所で歓迎会やるよ~」

うん?

「誰の?」

「結雨子ちゃんの。」

いやいやいや

「み、みんなやってなかったよね?」

実習中にいた、いくつかの屯所ではやっていなかったはずだ。入れ替わりが激しくなって、皆初めましてという状況だったところもあったし、そもそも祓穢組自体ドライな気風。歓迎会をやったというのは、聞いたこともない。

「まぁ、ほら。これから忙しくなりそうだし。僕がやりたいし。」

「ていうか私だけってちょっと恥ずかしいんだけど!」

「あ、そこは平気。去年入った二人も一緒にやるから!」

「えぇ~…。」

「じゃ、そういうわけで!待ってるね~!」

バタン。こういう時、柳也は早い。縁日があればどこかからか浴衣を借りてくるし、関東の地区で結婚報告があれば気付かぬうちに祝儀を出しているし、『柳也に今日が誕生日だと言うと、気付いたときには誕生日を祝われている』という逸話を持っている。

「…やっぱりシャワー浴びないと…。」



―祓穢組江和地区屯所―

「う…」

シャワーを浴び、ちょっと綺麗めな服を着た結雨子が到着すると、居間に当たる部屋にある長机に2Lペットボトル4本にポテトチップス、チョコレート菓子、せんべい、海外のよくわからないグミetc...が置かれていた。既に3人ほど着席している。

「お、椿ぃ!地区長に言われて待ってんだけど、これ何?」

「は…百舌さん。歓迎会だって…。」

「祓穢組では珍しいな。まぁ、地区長らしいと言えばらしいか。」

とは会計係の四律倉≪しりつくら≫。キッチリした男という印象だが、童顔気味な顔がコンプレックス。

「なんか、私も祝われる側って聞いたんですけど…、私の配属去年なんですけど…」

祓穢士の里狸百合≪りりゆり≫が困惑気味に呟く。細身でいかにもひ弱、という外見だが、戦績は悪くない。百舌牡丹こと波流山とペアを組んでいる。

「なに言ってんだよ、りー!コマけえこたあいいだろ!な、四≪スー≫さん!」

「僕からすればとりあえず祝われとけ、といった感じだ。珍しいんだし。」

「ひっ…」

「ビビんなよ、りー。そういや椿、兄貴どうしたんだよ?」

「もう来るって。」

と言った瞬間、ガラガラと玄関から音がした。

「ただいまー、お、揃ったか!」

と柳也が一歩下がると、ぞろぞろと残りの六人が入ってきた。実は結雨子も江和地区屯所には来る用事がないので、知らない面々ばかりだ。少し緊張する。



「飲み物いった~?じゃ、始めよっか!最初は自己紹介!はい!」

「俺からか…。えー、稲賢狐≪いなさかきつね≫。作戦担当とは名ばかりの雑用やってる。趣味は釣りです、よろしく。」

背が低く、体はポテッとした中年の男がそう名乗った。顔は狐というよりは狸…というのは心にしまっておく。

「四律倉、会計係。趣味は…パズルだ。よろしく。」

数少ない結雨子の知る祓穢士以外の江和地区面子だ。年は聞いたことがないが、たぶん30代だろう。糊のきいたワイシャツから、真面目な性格がうかがえる。

「青静奉士≪あおしずほうし≫です、慣習に従って青静と呼ばれとるね。趣味はランニング。年は62になってしまいました、よろしくお願いします。」

深々とお辞儀をしたのは、先日お世話になった青静。スラっと細身の長身と、いつもニコニコした穏やかさから昔は療慰所のプリンスと呼ばれていたらしい。

「藤荒風≪ふじすさび≫、嘆書作成とかやってまぁす。去年からの配属でぇ、一応歓迎される側?でっす。趣味?はまぁ、パチンコ。よろでーす。」

金髪頭で、スーツを着崩しまくっている20代真ん中くらいの男。顔は悪くはないが、公名に“荒”が入る通り気性が荒いので、結雨子のタイプではない。というより、毎回作っている嘆書の適当さもあって結雨子は勝手に嫌っていた。祓穢士を志望していたが、もめ事を起こしすぎたせいで転所させられたといううわさもある。

「百舌牡丹!知っての通り祓穢士!趣味は…酒とゲームだな。よろしく!」

「『弱いけど』が抜けてるぞ」「四さんひどい!」

通名波流山秋子、身長は150cmで、連携の為に警察にも籍を置いている。メイクが上手く、本人曰く「目と口と鼻があれば美人にできる」とのこと。大局観がないのか、ゲーム類は異様に弱い。使用装備はExor特殊警棒モデル。

「里狸百合…です、私も去年から配属されました。趣味は映画と読書…です。」

身長は155cm、細身で困り眉がトレードマークな祓穢士。眉があらわすように気弱だが、荒仕事も堅実にこなす。使用装備は|B&HL≪ベッケナーホーリーライト≫社のエクソシスト専用拳銃SV04。

「双山嵐と」「山嵐」「見ての通り」「双子で祓穢士だ。」「趣味は」「特にない。」

一卵性にしても似すぎている双子の祓穢士。常に二人で行動している。身長は二人とも174cm。二人ともいつも暗い顔をしていて、結雨子は若干苦手だった。装備はExor初期型の片手剣と盾を使っている。

「あ…麒麟椿、です。祓穢士。趣味は…買い物、とか。よろしくおねがいします。」

「よ!天才祓穢士!」「17だったか…二回りも違うよ…」「若いな」「お前らあまり弄ってやるな。」

そう、結雨子はこういうやりとりが苦手だった。褒められると背中とみぞおちあたりがむずむずとしてくる。気恥ずかしさから自分の手を撫でながら着席する。

「最後は僕!地区長の蓉鶴凩です!趣味はお手入れ!よろしく!」

「知ってらぁ」「お菓子取り分けますね…」「りーちゃん歓迎される側でしょ。俺がやるよ」「地区長」「座ろう」

…この中で最も長く在籍したものがぞんざいに扱われる。それも一つの信用の形なんだ…そう思い込んで座る柳也であった。



 しばらく談笑していると、裏方組から少しづつ抜けていった。祓穢士の仕事は出動要請と嘆書処理くらいだが、事務系はそうはいかない。本部や局から送られてきた書類の処理や、他の屯所との連絡もある。最後に長机を囲んでいたのは祓穢士5人と地区長だけになった。

「さて、そろそろ本題に入ろうか。」

「本題?歓迎会じゃなかったの?」

「それもあるけどね。実は、椿ちゃんも班を組んでもらおうと思ってて。みんなそうしてるし、その方が安全だし、効率も良くなるしね。」

「けどよぉ、今奇数だぜ?新しくとるんか?」

「それも考えたけど、まだ実習期間じゃないし、椿ちゃんと組ませるにはちょっと不安が残るからやめた。ベテラン組はもう配属決まってるしね。」

少しちくりとする。何も言い返せないので自重するが。

「なので、今後しばらくは山嵐ペア、百合牡丹ペアに週替わりで入ってもらおうと思うんだ。一時的に三人組になるってことだね。」

「異議は」「無し。」

「まぁうちらも特に文句はねえな。」「はい、よろしくね!」

「じゃあ明日から百合牡丹ペアだ。」

「ちょ、ちょっと…」

急な話で少し戸惑う結雨子の下に、柳也がすっと近寄ってささやく。

「結雨子、これも訓練だよ。今朝も、あの日を夢に見たんだろう?…臥薪嘗胆もいいけど、阿巴良衣や手下の穢者を倒す前に君が死んだら何にもならないんだ。わかってほしい。」

「…うん。」

結雨子がうなずいたのを柔らかい笑みで静かに受け止める。

「よーし、じゃあ僕は杷田に顔出してくるよ。みんなお疲れ~!」


「と、いうわけでよろしくな!」

波流山がスッとこぶしを突き付ける。これからどうなるんだろうか、そう不安に思いつつ、結雨子は拳をゴチンと合わせた。

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