幕間―日常 百舌牡丹と里狸百合
ピリリリリ…小さなベルが鳴り、祓穢組江和地区所属、百舌牡丹が起床する。ここは江和地区屯所の仮眠室。意外と壁が薄いので、アラームはいつでも小さく設定するのが習わしだ。
「う~ん…、眠い!」
百舌牡丹こと波流山秋子は警察にも所属している。実際はほぼ警察業務は行っていないが、円滑な連絡の為、一応籍を置いている。故に非番の日がやたら多い。ドアを開け、寝起きにはきつい明るさの部屋に出ると、ホワイトボードを確認する。ホワイトボードには業務通知のほかに、各人が残したメモ書きが書いてある。今でいうなら、端の方に〈四律倉、勘定所出向につき留守〉だ。
「チっ
祓穢組は部署ごとに○○所という名がついている。勘定所はその名の通り予算案などを立てる部署で、京都にある本部のほかに、それぞれの地区で一人は置かねばならない決まりとなっている。基本的に地区にいるのは15人±5人で、江和地区の場合10人だ。当番しているのはさらに少なく、たいてい2,3人となっている。つまり一人欠けると、暇つぶしの相手がいなくなってしまうこともある。今の波流山の状況がそうだ。
「しかたねえ、暇な奴呼ぶか。」
ピポパとガラケーを使い、若手祓穢士の
「おう、今暇かー?」
『ぼ、ぼたんさん!?いまちょっと…まぁ暇ですけども…』
「ならこい。こーわ屯所な。」
『えちょっと』
ぶつっ。波流山は基本長電話が好きではない。とはいえかなり乱暴な電話ではあるが。いつも用件だけ述べて答えを聞いたら切ってしまう。
屯所の建物について少し。京都本部はどでかいビルだが、屯所の建物は地区によってまちまちだ。江和地区は古いお屋敷で、東京の南側に位置する。もともと地元の悪名高き金融業の家だったらしく、豪遊がたたってバブル崩壊とともにこの家が売られたという経緯だ。やたら頑丈な隠し金庫があらゆるところにあるあたり、過去がうかがえる。建物自体は古いが、いい腕の大工だったのだろう、今のところガタは来ていない。里狸が来るまで、とりあえず喫煙室で暇をつぶすことにした。喫煙室となっている部屋は元は書斎で、今は江和地区のヘビースモーカー、
「ふぅ…」
メンソールにこだわりのライターで火をつけて、里狸を待つ。
―20分後
「ぼたんさーん?」
「おう、来たか!ウリウリ~」
「うわっ煙草くさっ!やめてくださいよぉ…」
里狸と波流山はまぁまぁ仲がいい。見た目も性格も対照的だが、里狸はイロハを教えてくれた先輩として慕っている。波流山は勝手に〈四文字同盟〉と呼んでかわいがっている。四文字の公名は意外と少ないのだ。
「りーちゃん将棋できるっけ?」
「一応できますけど…」
「やろうぜ!」
波流山は将棋が好きだ。一手に込められた戦略、捕虜として捕らえた敵将の使い方、木片に漢字が書かれているだけという渋さ、全てが好きだ。
「それじゃあ、よろしくお願いします。」
「おう!ぶっちぎってやるぜ!」
本人が壊滅的な弱さでなければ、将棋棋士になっていたかもしれない。
「負けた…」
「…まぁ、そういう日もありますよね!」
「慰めんな!もう一回!」
「負けた…」
「…い、今のはしょうがないですって!見落としなんて誰にでも…」
「うるせえ!もう一回!」
「…」
「…」
「…プロパワやるぞ」
「はい…」
プロパワとは人気野球ゲーム「プロ野球選手はパワーが命!」の略で、デフォルメされた選手のキャッチ―さ、高い自由度を持つ育成モードなどをウリとし、老若男女に人気のゲームだ。シリーズ最も売れたプロパワ9は、波流山の世代ということもあってやりこみまくったゲームだ。そして、『牡丹と遊ぶならプロパワ』と呼ばれているわけは
「…よっしゃー!勝った!」
「う、うわ~、強いですよぉ…」
手加減がバレにくいからだ。
「よし、気持ちよく終わったし、飯食いに行ってそのあと飲もう!」
「いいですね~」
里狸と波流山は肩を組みながら、アーケードへ繰り出す。
―裏通商店街 居酒屋「はるちゃんち」―
「ですからぁ~…!アイツ私のことすてやがったんれすよ~!!」
「ガッハッハ!飲め飲め!」
里狸は酒に弱かった。去年20になってから波流山に連れまわされて飲みまくったが、当然肝臓は鍛えられないので相変わらずビール二杯で泥酔する。唯一成長したといえるのは、吐き方を覚えたこと。
「私のバイト先で~…彼女といちゃつきやがったんれすよぉ…もうマジで××して××を××してやろうかと思いましたよぉ~マジ××××!」
「そんなクソヤロー××潰しちまえばいいんだよ!ガハハ」
波流山秋子24歳、里狸百合21歳。周りの男性客もドン引きの規制ワード盛沢山の会話。
「うっ…どうして…どうして…ふぐぅ…!」
「泣くんじゃねー!男だろ!女か!アハハ!」
もう酔いが回りきっている。波流山は酒には強い方だが、ハイボール10杯に日本酒の徳利3本ではこうもなる。このひどい絡み酒ゆえ、東京方面の祓穢組ではこう言われている。『百舌牡丹と飲むときは酒と水をすり替えろ』
「そういえばぁ…ぼたんしゃんて~、かれしいないんれすか~?」
「いたけど別れたよ!」
「えっ!くみのひと~?」
「
「あはは~!!おもしろー!」
「おもろかねえよ!ばーか!」
「さて、出るか。おい、起きろ。」
時刻は0時を回ったところだった。こういう時、たいていは里狸の家に泊まるので、二人で飲んだ次の日は家がとんでもないことになる。
「う~ん…」
「しゃあねえ。どっこいせ、あ、お勘定お願いしやーす!」
「おい、フラフラだぞ。大丈夫か?」
「だいぶらくになりまひあ~」
「よわっちーな~ウリウリ」
「やめへ~」
二人が歩いている道の脇、ビルの隙間で一瞬何かが光った。二人はふと立ち止まり、様子を見る。よく見ると、男がスマホのライトで地面を照らし、何かを探しているようだった。
「おにいさーん、何してんの」
波流山が声をかける。男は波流山の顔を見て、申し訳なさそうな顔をした。
「いやぁ…財布落としちゃって…」
「そっかぁ…探したげるよ。」
と波流山がしゃがみ込んだ瞬間、男の腕が鎌状に形を変え、思い切り振りかぶる。が、振り下ろせはしなかった。
「う…」
「動かないでよ。あんまり大事にしたくない。」
里狸がスマホ型の銃を向けていたからだ。超小型で銀製の弾丸を装填できる、
「こんなとこに…」
「?」
「財布落とすわけねーだろ!!」
波流山のアッパーが顎に命中する。男…穢者は顎を抑え、全身を変異させてゆく。その姿は、醜悪なカマキリの様だった。
「飲んだ日くらい静かにしてろや!」
とよくわからないことを叫びつつ、特殊警棒状のExorを起動させる。
「りー、アタシは撃つなよ!」
「手足だけ、ですよね!」
「=--===!!!!」
商店街に小さな発砲音と、甲高い打撃音がこだまする。
「いやぁ、お疲れ!蓉鶴凩、これをうけました。災難だったね~」
事を終えて柳也に報告すると、二人はソファにバタンっと倒れこんだ。
「っあー!クソ!風呂はいつ修理終わるんすか!」
「来週には業者が来る。気持ちはわかるが、シャワーで我慢してくれ。」
「四さんはいいかもだけど、アタシら女子だよ?」
「そうだ~…ウェっ…!」
人間とは信じがたい顔でトイレへ駆け込む里狸を横目で追いつつ四律倉が聞く。
「…あれが?」
「いやまぁ…」
「じゃ、お疲れ~。りーちゃんと牡丹さんは泊ってっていいよ~」
「いーなー地区長んち!でけーからアタシらも泊めてほしーなー!」
「椿ちゃんに白い目食らっちゃうよ?」
「じゃいいや」
「お前…酒とたばこの臭いのする奴が女子高生に嫌がられないわけないだろ」
「そーだけどさー」
「じゃ、おつかれー」
こうして夜は更けていく。
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