幕間

幕間一思い出 宮本と佐東

 いつでもサトちゃん…佐東は俺のヒーローだった。幼稚園から知り合って、気付けば20数年一緒にいる。幼稚園の頃は、とにかくいつでも友達が沢山いたのが佐東。俺は絵本を読んだり、お絵描きをして、まわりとうまく溶け込めなかった。

「なにしてんの?」

「!…え。」

これが多分初めての会話だと思う。自分としてはビックリするようなタイミングだったから、よく覚えている。

「ぼくねー、さとうけんじ。おなまえなんていうの?」

「み…みやもと、こう。」

「みーくんってよんでいい?」

「うん。」

我ながら会話がヘタだ。サトちゃんはいつも沢山の友達に囲まれていた。けど何故か、俺の隣に来て、よく色んなことを話していた。俺も、不思議といやな気持ちじゃなかった。

 そこからすぐ仲良くなった。親同士も仲良くなり、家族ぐるみの付き合いになった。サトちゃんは良い友達だったが、俺は少しモヤモヤしていた。今考えると、嫉妬だったのかもしれない。焦りもあったのか。サトちゃんはいつも褒められていた。文字を覚えるのも早かったし、かけっこもいつも1位だ。俺は勝手に自分と比べて、勝手にモヤモヤしていた。

「きょうね!みーくんとつみきであそんだの!おっきいとうつくった!」

でも彼は、一度もそんなこと意識していなかったように思う。純粋で、まっすぐだった。積み木はほとんど彼が作ったのに、何で僕の名前も言うの、と不思議だった。そしてまたモヤモヤしていた。

 小学生にあがり、4年生も半ば頃から、モヤモヤに尊敬が加わるようになった。尊敬と、敬愛と、嫉妬だ。サトちゃんは空手で区では有名になっていた。どこで聞いても、彼の話題は「凄いね!」に帰結する程だ。俺は相変わらず本を読んでいた。昼休みに外に出ていないと怒られるので、ひっそりと体育館のはじに忍び込んで。当時は確か「ベン・リックマンの素晴らしい冒険」という本をよく読んでいた。アメリカ児童文学の傑作だと思う。話が好きだったのもあったが、自分とサトちゃんを、登場人物に重ねていた。主人公ベン・リックマンは運動はからきし、知識と持ち前の勇敢さで危機を乗り越える。その相方、チェン・ホァンは武術の達人で、ベンをあらゆる敵から守り、沢山賞賛される。性格も全然違うのに、なぜかウマが合う二人は数々の素晴らしい冒険をこなしていくのだった。そんな二人に、自分たちを重ね合わせて、いつか二人で大きな事を成し遂げたいと夢想したものだった。俺とサトちゃんはよく色んな場所に自転車で遊びに行った。庭に忍び込んでミカンをとって二人で食べて怒られたり、町で一番の高台に上ってお菓子を食べたり、時にはくだらないことで喧嘩した。当然喧嘩にはならないが、俺は意地だけでしがみついて、二人とも疲れ果てて公園の東屋で寝た。親からはこっぴどく怒られたが、俺とサトちゃんの間には確実に友情以上の、絆としか言えない何かが育まれていった。

 五年生のある時だった。いつものように自転車で公園に向かう。今日は一緒にばってんシールを開けると約束していた。ばってんシールは当時、地元で大流行していて、何軒も駄菓子屋を回ってやっと手に入れたものだ。今考えると、何が楽しかったのかわからないが、子供のころはキラキラで、キャッチーなイラストが描いてあればなんでも楽しめたものだ。公園に着くと、サトちゃんが泣いていた。お父さんに買ってもらったという自転車もベコベコだ。

「サトちゃん!どうした!」

サトちゃんは泣きながら、ヒックヒックと嗚咽しながら答えた。

「シール…とられた…。」

「誰だよ!負けちゃったの!?」

「六年の…」

俺はショックだった。空手も強いサトちゃんが、ここまでぼこぼこにされる。同時に複雑な怒りが湧いてきた。大事な友達をよくも、俺の尊敬を、敬愛をよくも、俺が嫉妬する相手をよくも!そういう、いろんな気持ちがこもった怒りが湧いてきた。

「許せない…」

「え…?」

「サトちゃん!悔しいだろ!?俺許せねーよ!」

「みーくん…?」

いつもニコニコして、ひょろっとした俺が怒りに震えていたのが珍しかったのだろう。サトちゃんは涙を残した顔で俺を見た。

「自転車だって!シールだって!ひでーよ!サトちゃん強いのに!許せねー!」

確かにサトちゃんは強い。それを倒した奴はもっと強い。

「でも、俺空手やってんのに勝てねえんだよ…?」

でも、

「二人なら!二人ならできるって!ぶっころそーぜ!」


 いた、近所のスーパーの駐輪場に、やはり六年生はたむろしていた。

「ほんとにやんの?」

目の前にすると、さすがに怖い。

「大丈夫だよ。喧嘩するとき、『返せ!』って言えば、周りの大人たちもわかってくれるよ。」

「そ、そっか…うん!やろう!」

横断歩道を渡り、六年生の前に立つ。4人いる。今考えるとひどい無謀だ。

「おい!シール返せよ!サトちゃんのだぞ!」

「返せクソバカ!」

六年生がこっちをみる。馬鹿にしたような眼を向けているのは分かった。

「ばかじゃね?こいつら。」

「ちび二人の方がバカだわ!」

ぎゃはは、子供らしいというよりは、いやらしい笑いをする六年生だ。

「返せー!!!」

サトちゃんが思いっきり一人のママチャリに飛び蹴りした。乗っていた六年は倒れて舌打ちをする。

「っざけんなよクソちび!!」

サトちゃんは別の六年に思いっきり蹴飛ばされた。俺はパンチなんてしたこともないし、適当に体当たりした。流石に視線を集め始めた。

 何分?何時間?しばらくしてからスーパーの店員に止められて、俺とサトちゃん、運悪く?捕まった六年2人は別室に置いておかれた。親を呼んでいるらしい、狭いコミュニティだから、一瞬でどこの誰さんの息子かわかってしまう。喧嘩の結果は当然こちらの負けだ。半分狙っていた。もし負けそうなら素直にやられて、いじめに見えるようにしようと、サトちゃんに言っていたから。でもやっぱり悔しかった。

「親御さん呼ぶから、逃げんなよ!」

バタンっと強くドアを閉められた。しばらくは二人とも黙っていたが、サトちゃんが突然話し出した。

「悔しいよ俺…」

「俺もだよ…、でも、親呼ばれたから、たぶんあいつらも怒られるよ!」

「そうだけどさ、俺ら悪くないのに負けたんだぜ?取り返しに行っただけなのに!」

「そうだね…。」

「でも、ありがとう。俺、みーくんに言われなかったらもっと怒ってたよ。」

「うん。やっぱりサトちゃんは強いね。1人倒したじゃん!」

「でも負けたんだよね…」

一瞬の静寂

「決めた!俺警察官になる!悪い奴に負けたくないもん!みーくんもなろうぜ!」

「うん…うん!悪い奴ら捕まえまくろう!もっと強くなったら、俺らできるよ!」

「うるさいっ!静かに待ってられんのか!」

こうして俺たちは警察になった。特事課なんて変な部署だけど。俺らは間違いなく悪い奴らをとっ捕まえてきた。サトちゃんは相変わらず活躍していった。

サトちゃんは、間違いなく今でも俺の最高の友達で、俺の尊敬する奴で、俺の嫉妬の対象だ。それはきっと変わらない。ずっと、ずっと。

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