強者

「お前、佐東だろ!?何の真似だよ!お前も操られてんのか!?」

宮本が襟元をつかみながら詰問する。

「佐東ぉ?誰だよてめー!近寄んな!」

佐東と呼ばれた穢者が宮本を突き飛ばす。鴇時雨が宮本を抱きとめる。

「…鴇さん」

「ええ、間違いないでしょうね。」

宮本が動揺した顔で二人を見る。

「どういうことなんですか!佐東は操られてるんですか!?」

口を開きかけた結雨子を止め、鴇時雨は静かに語り始めた。

「宮本さん、今目の前にいるのは、あなたの知る佐東さんではありません。心、魂、人格、中身、言い方は何でもいいですが、そういったものが≪上書き≫されているんです。そうなるともう、戻れません。穢者とは自然発生と呪詛発生の二通りがありますが、そのどちらも、いわば憑依先の人格の上に、その穢者の人格を上書きするのです。つまり、今目の前にいるのは、佐東さんの皮をかぶった別物です。」

呆けた顔で停止した宮本とは反対に、佐東に憑依した穢者は笑って言う。

「ああ!この『体』のことか!俺の計画の為に使わせてもらってるぜ!捕まった段階の体はなまっちろかったからな!」

宮本が振り返るより先に結雨子が腕を斬った。既に我慢の限界に達していた。

「いってえええええええええええ!!!!!!ふざけんな!!お前らは俺を捕まえんのが仕事だろうが!」

変身人喰鏖殺かわりみひとはみおうさつ。あなたの罪状は、祓穢組ではそう呼ばれます。例外に当たらない憑依、食殺、2名以上の純粋殺人です。通常、これほど罪を重ねれば浄清処置となります。つまり、この場であなたのことを祓穢してよいということです。」

柔らかに、冷静に鴇時雨が伝える。宮本は複雑な表情だ。

「クソが…、けどよぉ、それで…俺を殺せるかよ!」

そう言うと穢者はナメクジのような体に変異し、ナメクジと思えないスピードで、檻から抜け出そうとした瞬間

バアンという音が響き、穢者は顔だけ人間体に戻る。なぜか動きが鈍くなった穢者に拳銃を向けた宮本が居た。

「クソ!動けねえ!何しやがった!」

「み、宮本さん…」

「椿さん…、ここは俺にやらせてください。俺は…」

宮本の額は汗がにじんでいた。

「宮本さん、私たちがやるよ。こいつが許せないのは私だって…」

「椿さん。」

鴇時雨がいきり立つ結雨子を止め、静かに首を振った。宮本は佐東だったものに語りかける。

「佐東、お前の仇は、俺が討つ…!」

特事課の刑事は全員銀の弾丸を撃つことのできる拳銃を装備している。これは穢者にダメージは与えるが、六発撃ち込まなければ効果は発揮しきれない。

「オイお前!こいつの友達だったんだろ!友達を撃つのかよ!」

宮本の呼吸は乱れている。汗が目に入るが、それすらも気にせず、宮本は答える。

「ああ。幼稚園からずっと友達だ。だから撃つ。」

動きが鈍くなり続けた穢者はついに止まった。停止したように動かなくなる。

「クソ、今更抵抗しやがるのかコイツ…」

憑依は強力な穢者ならば完全に上書きされる。しかし弱い穢者なら?

「お~い、助けてくれよぉ~友達だろ~?」

傍から見ても見苦しい演技に、宮本は答える。

「お前からすれば、今佐東になりきってるのかもしれない。実際声も顔もそのままだ。あいつならほんとのピンチにそういう言い方もするかもな。でもな、俺は今、お前に佐東を見ていない。お前は佐東じゃない。」


「俺には、お前を抑えつけて、とどめを刺せと叫んでる佐東が見える。」



―鴇時雨の車内にて―

「宮本さんは結局おいてきてよかったんでしょうか…」

「祓穢組の応援もきたし、大丈夫でしょ。」

あまり晴れない表情で結雨子が答える。

「…椿さん、強いっていうのはああいう人を言うんでしょうね。」

包帯と絆創膏まみれの手で運転しながら、静かに話し始めた。

「鴇時雨さんだって…」

「…昔から、そうでした。」

「何が?」

「私はね、リーチというんですか、そういうものがわかるんです。ちょうどいいタイミングで、思いっきりぶつ。それだけなんですよ。」

窓の外から鴇時雨に視線を向ける。

「私はただ振り回しているだけです。相手の痛みとか、そういう物が考えられない。自分のことすら考えられませんから。」

ふふ、と笑って左手を揺らした。

「だから、現役時代は散々けがをしました。生まれつき痛覚が弱いらしいんですが、それ以外にも、単に気にならないんです。だから訓練官にもなれませんでしたし、かといって他に能力があるわけじゃない。強いて言うなら社会経験は少しありますが、それだけで地区長という立場にしてもらったようなものです。」

「椿さん、私は強いんじゃないんです。本当に強いというのは、人の痛みが分かって、それでも自分の信じたものに自分を賭けるために戦える、そんな人が強いといえるんですよ。」

結雨子は黙って聞いていた。

「私が言うのもおかしいとは思いますが、椿さん、今回は暴走してしまいましたね。」

ぐさ、と刺さる。結雨子は何も言い返せない。

「結局はお手柄でした。今回の嘆書に関わった人全員が生きていますから。ですから、あまり重く受け止めないでください。」

結雨子の視線は鴇時雨の両手に向けられている。

「…ごめんなさい。」

結雨子も心の奥底ではわかっている。前回の成功があったから、今回もどうにかなると思い込んでいた。

「いいんですよ。若さの勢いは殺してはなりません。その勢いを止めるのも、時には静観するのも、支援するのも、大人の仕事です。その勢いは殺さずに、でも失敗したことから何かしら得て、成長していくんです。」


―坊庭家―

「鴇時雨さん!どうもすみません!」

到着するなり江和地区長蓉鶴凩、坊庭柳也が飛び出した。

「いいえ、私もしっかり段取りを作るべきでした。椿さんに大きな怪我が無くてよかったです。」

結雨子は服こそ破れたが、怪我自体は少しあざがある程度で済んだ。北署の面々が抵抗したおかげでもあるだろう。

「それでは、私は帰社します。社用車を返さないと、さすがに首が飛んでしまいます。」

笑って小さな四角い車に乗り込み、ブロロ…と住宅街を抜けていった。

「…ごめん」

「いいよ。怪我がなくてよかったよ本当に。」

二人は家に上がり、リビングで報告をしあった。宮本のこと、北署のこと、鴇時雨の話してくれた話など。

「そっか、さすがだな、鴇さん。」

「どういうこと?」

「多分だけど、わざと素手で戦ったんだよ。Exor置いてね。」

「そういえば鴇時雨さんのExor見てないかも…」

「あの人はグローブのついたトンファーみたいな形だよ。長物は勝手がわからないからって。宮本さんっていう強い意志のある人と、自分を比較させようとしたんだね。宮本さんは鴇さんのいう“強い人”で、鴇さんは“そうでない人”っていうのを見せて、結雨子ちゃんに“強さ”の方向を見せたかったんじゃないかな。」

「そんな…」

「鴇さんは痛みっていうのはわからないけど、だからこそ人に道を指し示すのはうまいよ、だから地区長をやってたんだ。まぁ、実務がからきしなのが困ったところだけど」

あははと笑う。

「とりあえず、今回の件は僕のミスだ。もっと作戦を練ればよかった。反省だね。結雨子ちゃんは2日ほど休暇取っておくから、涼香ちゃんと遊んで来たら?そろそろ寂しがってるんじゃない?」

「うん。ありがとう。」


その夜、結雨子はいろんなことを考えた。強いとは何か、単に喧嘩が強いだけじゃなく、意志があって、犠牲を払える人なんだろうか。それなら私はどうなんだろう。

そんなことを考えながら、眠りについた。

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