協力

「…では続いてのニュースです。昨夜午後22:50頃、連続行方不明事件の犯人と見られる女が逮捕されました。女はこれまでに多数の男性を狙い―」

「お、ニュースやってるよ。お手柄だったね。」

「大したことなかった。多分、最近産まれた奴だよ。」

色々な事情が伏せられたニュースを流し聞きしながら、坊庭家は朝食をとっていた。『祓穢組』の存在はトップシークレットであり、更に「何を捕まえて、どういう処遇をしているか」などは固く伏せられている。一般人がそれを知ったところで、新興宗教の怪しい儀式としか思わないだろうが、余計な混乱を生まないようにという配慮だ。

「それでもすごいよ。17歳で祓穢士になって、しかも初陣で分け入りなんて!」

祓穢士とは、いわゆる化け物退治を専門にしている者たちである。そしてそれを束ねているのが祓穢組である。ちなみに、この祓穢組のような組織は世界中にあるが、時折情報交換をする程度で、国際組織という物はない。

「12歳で最年少祓穢士になった天才に言われると嬉しくって涙が出ちゃいそう。」

白米を淡々と口に運びながら結雨子が皮肉を言うが、柳也はニコニコしたまま。

「いや、僕はほら特別だし、今はもうまともに戦えないしね。」

柳也は左肩を叩きながら言う。

「…前から気になってたんだけど、なんでダメに」

「あ、時間時間」

時刻は8:25を指していた。

「やばっ、行ってきます!」

行ってらっしゃーいという気の抜けた声を背に、結雨子はかばんとヘルメット、鍵を持って家を飛び出した。


—坂洗高校—

「おはよーニュース見た?」

「おはよう、見たよ。女の人だったんだね」

こういう話題の時は、事情をうっかり漏らさぬようかなり気を遣う。小さな事件の時などはマスコミも取材することはないが、今回の件はあまりにも大きすぎた。こういう時は警察側も無理に隠さない。もともと友達が少ない結雨子だが、だからこそ唯一ともいえる友人に嘘を吐くのは少し良心が痛むのだった。

「そーなんだよ!びっくりしちゃった。すっごい力持ちなのかな?」

「そ、それはどうだろうね…。」

あまりにも純粋な疑問に結雨子も苦笑する。

「え~?絶対力持ちだよ!でも誘拐なんてひどいよね。皆帰ってこれるといいね。」

「…そうだね…。」

結末を知る結雨子は、涼香の純な願いに何とか一言を絞り出すのが精いっぱいだった。つきたくなくとも、つかなければならない嘘はあるのだ。


—放課後

「よっし、終わった!今日どっか寄ってく?」

「ごめん、ちょっと今日バイトあるから」

「そっか、じゃあ明日ねー!」

今夜、祓穢組の定期集会がある。いつもは江和地区だけで行われ、その際は柳也が地区長として各々報告をしつつ方針などを決めて終わりとなる。しかし、今夜は年に数回の海環うみわ局長「猩々北颪しょうじょうおろし」が来る日であり、どうしても外せない。

「はぁ…」結雨子は正直あまり気が乗っていない。どうにも北颪は合わないのである。女子高生と50代の堅物というのもあるだろうが、何より堅気とは思えぬ面構えと、威厳に満ち満ちている声が苦手だった。しかも北颪が来る日は近くの杷田わだ地区長や厳塔いわと地区長も来て、やたらと息苦しい雰囲気になる。雰囲気が大人びているとよく言われる結雨子も、中身はどこにでもいる女子高生だ。まぁ女子高生は化け物退治などやらないが。陰鬱な気分が表情に出たまま駐輪場まで行くと、柳也が待っていた。

「結雨子ー!乗せてってー!」

普通なら周りがぎょっとするような大声だが、学校では半ば空気と化している結雨子なので、周りは「そういうこともあるだろう」的な反応である。友達の少なさは時折良い方向に作用する。

「えぇー…これ、一応原付なんだから、止められるよ。」

外見もナンバーも普通のビーノだが、中身はまるで違う。いざという時に迅速に駆け付けられるよう、最高速110キロが出るように改造されている。当然タイヤもサイズが違うし、左のハンドルはロックを外すと特殊警棒型Exorとして扱える。キーも祓穢組から支給された鍵以外を差すと、120dBの騒音とともに電気系がショートし、後付けの特殊機構が作動、樹脂を溶かす勢いで炎上しだすという過剰防衛ぶりだ。バイク好きなら一瞬で「何か違う」と気付くだろうが、幸い坂洗高校はバイクに明るい生徒はいなかった。

「大丈夫大丈夫。こっから5、6キロだし、ばれないって。」

「う~ん…まあいっか。」

定期集会は中心部から少し外れたビル街にある古いマンションの一角で行われる。裏通りに面しているので、人気も少ない。

「今日何やんの?」

「局長が来て、ちょろっと話して終わり。杷田地区長がちょっと怒られるくらいかな。」

「めんどくさ…」

「まぁそういわずにさ。僕らが怒られるわけじゃないんだから。」

びびびと原付らしい音で二人乗りの原付は走ってゆく


―集会場―

「貴様、自分が何をしたかわかっているのか?」

開口一番北颪が杷田地区長鴇時雨ときしぐれを叱る。

「め、面目次第もございません…」

かわいそうに。やせっぽちのからだは真っ青で汗をだらだらとかいている。

「…報告では損失を恐れて本格捜査に乗り出せなかったとあるが?」

初老の偉丈夫に上から見下ろされ、まさに蛇に睨まれた蛙の鴇時雨は口をパクパクさせながら

「それは…その…」

と言うのが精いっぱいだった。北颪は多くを語らない。淡々と、重い言葉の金槌を振り下ろす。これが結雨子は苦手だった。

「北颪殿、彼らの資金繰りが厳しいのは事実。時雨殿へは罰を与えるとしても、何らかの対策は講じねばまた起きかねますぞ」

そうフォロー(?)を入れたのは巌塔地区の地区長、鎌鼬かまいたちだった。結雨子は何となく救われたような気分になる。鎌鼬は誰にでも常に平等で、誰にも物怖じしない、まさに“できた大人”だった。顔の下半分を布で隠しているのを気にしなければ、祓穢組で最も親しみやすい男かもしれない。

「そうだ、その通りだ鎌鼬。杷田地区の自転車操業はこの男の無能のせいではない。今に始まった話でもない…それを言い訳に目標を見失うのは無能だがな。」

そう、杷田地区の金回りは、少なくとも結雨子が祓穢組の訓練所に入った時点で火の車だった。柳也に言わせれば、単に運が悪いのだという。鴇時雨はもう今にも倒れそうな真っ青な顔で北颪を見上げている。

「よって、今回の沙汰は杷田地区長鴇時雨を3か月間補佐に降格。その間江和地区蓉鶴凩を臨時杷田地区長とする。尚、資金増加案については勘定所に提案しておくものとする。よく反省し、能力を磨け。」

鴇時雨は…ほっとしていた。下手をしたら首が飛びかねない今回の事案、降格だけで済んだのはかなり運が良かった。

「む…」

北颪は結雨子に気が付いた。190cmの偉丈夫に見下ろされて結雨子の背筋もピンと伸びる。

「君が今回の件を片付けたそうだな。」

ずしんと来るような重い威圧感に満ちた声で結雨子に尋ねる。

「は、はい…」

「ご苦労だった。初陣での活躍は凩から聞いている。これに慢心することなく、技を磨いてゆけ。」

『堅物』と陰でいわれるだけあって、案の定褒めるだけではなかった。しかし、威厳のある大人にこう褒められると嬉しいものだ。

「ありがとう…ございます。」

「凩、後は頼んだ。」

そう言い残して去っていく。

「おっかなかったね~、じゃあ、とりあえず定例集会を始めまーす!」

「凩殿、結局あの怪物は新参だったのか?」

鎌鼬は壁にもたれかかりながら、柳也に問う。

「うん、それは間違いないみたい。」

「じゃ、じゃあもしかして…」

「うん、また活動し始めたらしい。」

空気が弓の弦のようにピンと張りつめる。結雨子は悔しそうに舌打ちをした。

阿巴良衣あはらいの一派だ。」

阿巴良衣とは謎多き男で、呪いを用いて怪物を生み出すことができるということしかわかっていない。奈良時代からこの名前は知られており、阿巴良衣自身が怪物の類である、いや襲名制なだけだ、人を攫いその人間を洗脳して阿巴良衣だと思い込ませている…など、正体自体つかめていない。唯一わかるのは、阿巴良衣によって生み出された怪物はどの流派にもない呪詛を用いた跡があるというだけ。日本における呪詛発生型の怪物の生みの親であり、怪物に親を殺された結雨子と柳也にとって、憎むべき敵である。

「現時点で分かってるのはそれくらい。もどかしいよ。」

「ふむ…、ではここ数日嘆書が増えているのは」

鎌鼬が腕を組みながら目を瞑る。思案に入るときのお決まりのポーズだ。

「いや、凶暴化もしてるらしいから、一概には言えない。けど、間違いなく影響はあるだろうね。」

冷静にそう言って、柳也は続ける。

「これから厳しくなってくると思う。巌塔のみんなも、杷田のみんなも、江和のみんなも、気を引き締めていこう。各自整備と訓練は怠らずに。以上!」

柳也の声を合図に、それぞれ帰り始めた。

「あ、鴇さんと椿ちゃん!待って!」

二人は歩みを止めて顔を見合わせながら振り返った。

「何でしょう地区長…?」

「かしこまらないでよ鴇さん!ほんとに!」

「で、何?」

「いや、実はね、北颪さん、鴇さんに挽回のチャンスくれたんだよ、ホラ。」

そういって見せてきたのは嘆書だった。

「『嘆書、斑東の怪異調査と対処』!久々に腕ふるってきちゃってよ!」

「あ、そういえば今朝来てましたね…。」

「で、なんで私?」

「うち今皆嘆書抱えてるし、ゆ…椿ちゃんくらいしか空いてなかったんだよ。サポート必要な案件だし、何より椿ちゃんの勉強になると思って。」

結雨子は少しけげんな表情だ。いつもへこへこして、細身の体を更に縮めている印象しかない鴇時雨に学ぶところがあるのか…?といった顔だ。

「ま、そういうことだから。よろしくね!」

そう言うと柳也は鎌鼬の所まで行ってしまった。

「なんか、そういうことになりましたので…、勉強なんかにならないと思いますが…よろしくお願いします。」

「う…よ、よろしくおねがいします…。」

二人はゆるっと握手をした。



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