祓穢組奇譚—穢れを祓う者ども―

郡青

一書

登場

 衛藤愁一46歳係長は今日もまた千鳥足だ。「テキーラは一気!」の思想の下に育った故に、いつもベロベロになる。家には美人に“元”がついた妻が待っているというのに。この頃はすっかり怒る気力すらなくなり、小言を呟くにとどまっていた。心配されているのはわかっているが、衛藤は常に「付き合いだ付き合い!」と言って憚らなかった。半ば意地である。そんな衛藤の右手には寿司の小包がぶら下がっていた。帰路の途中のスーパーのパックだが、包みを変えればわかるまいと偽装を施した寿司包み。うわごとを呟きながらふらふらと歩いていると、急に尿意を催した。家まであと10分は歩かなければ…、とそこへ丁度いい小道を発見した。ギリギリ通れて、まあまあ奥まっている。

「へへ…失礼しますよっと…」

衛藤はチャックを下ろしながら小道へ入っていった。




そして、二度と出てこなかった。






―市立坂洗高校2年C組―


「ねえ聞いた!?ゆーこ!またゆくえふめーだって!」

「ふーん…」


江和地区ではここ数週間で3件も行方不明事件が起きている。その度に警察の威信をかけているが、事件が止まる気配はない。クラス内でもその話題で持ちきりだ。


「ねえちょっと聞いてる?」

「行方不明でしょ?朝から皆同じ話ばっか。」

「おっかないよね~、私たちもさらわれちゃうかも…はっ!鈴買わなきゃ!」

「熊じゃないんだから」


加滑涼香はいつも元気溌剌で、ちょっとアホである。対する坊庭結雨子はけだるげなスタイルを崩さない。この二人は明らかにクラスで浮いていた。というより浮いている結雨子にかまう涼香、といった感じだろうか。


「おし、授業始めるぞ!席つけ~」


担任が名簿でバンバンと教卓を叩くと、ぞろぞろと生徒たちが席に戻り始めた。清水先生を怒らせると大変面倒なので、どんなヤンチャ系であろうとスッと席に戻る。


「今日はな、江和署から注意喚起がある。お前らも知ってるだろ?行方不明の件だ」


それだけ言うと右手で教卓を指し、江和署から来たという人物にどうぞと場を譲った。譲られた婦警は、成人女性にしては少し小さい体をきびきび動かし、教壇にのぼる。


「おはようございます!江和署から参りました、波流山秋子です!」

ブフッ

「オイこら!坊庭!何笑っとるか!真面目な話だぞ!」

「いえぇ、いいんですぅ。私の話し方が悪かったのよね?」

と波流山はかわいらしい(と事情を知らぬものが感じる)笑顔を坊庭結雨子に向けた。結雨子は笑いをこらえながら手で返答する。

「まぁ、さっそく本題に入りますね。」

「ここ2か月で江和市内での行方不明事件は昨夜の事件を含めると3件になります。いずれも現場には何も残っておらず、正直捜査は難航しています。」

「ですが、いずれも深夜の犯行です。絶対に夜10時以降は外出をしないようにお願いします。特に昨日の事件はこの近辺ですから…。」

波流山が此岸にも火の粉が降りかかってきた事実を告げると、生徒の何人かは生唾を飲んだ。

「きっと近いうちに捕まえますから!皆さんはそれまで深夜に出ないこと、ブザーを持つことを徹底してくださいね!」

(捕まえる…か。)

結雨子は窓の外を眺めながら、まだ見ぬ犯人の姿を思い描いた。

(簡単に言ってくれるよね)

「ゆーこなんか言った?」

「ううん、なんでも。」

「・・・というわけで、皆気を付けるように!じゃぁホームルーム始めるぞ~」


―坂洗高校一階女子トイレ―


「…で、なんでわざわざ波流山さんが来たの?」


結雨子が波流山に尋ねる。波流山はドアにもたれかかっている。このトイレは来客用で、ほぼ使われることがない。


「わざわざ来たってことは、なんかつかんだんでしょ?」

「そう。そうなんだけどね…。」


結雨子の視界から波流山が消える。と同時に胸のあたりに衝撃が

「手前ェ何笑ってやがったんだよコラ?ああん?」

「だってあんな似合わな…」

ブフッと笑いがこみ上げる。

「笑いごっちゃねえよ?こっちゃアホのサル共にニコニコしなきゃなんねんだ…どんなに大変かわかるかよ手前によ?」

「いいからいいから、あんまり怒ると皺でメイク崩れるよ?」

「…クソが」手を放しながら波流山が続ける。


「例の、穢者の調査報告だ。今日の夜、ここに出るらしい。」

穢者とは、有り体に言えば“人に憑りつき、体を変形させ、様々な災厄、害を及ぼす化け物”のことだ。地図には赤丸と赤いバツが線でつなげられていた。

「やっと見つかったんだ、コイツ。」

杷田地区ビンボーの恥だぜ、追い詰めた先で見失うなんてよ。」

「まぁ、江和地区わたしたちも探すまでにかなりかかっちゃったし、人のこと言えないよ。」


波流山、公名≪こうな≫(コードネーム)「百舌牡丹」と坊庭結雨子、公名「麒麟椿」の二人は日本における退魔機関「祓穢組」に所属しており、東京の中央から東側、湾岸部で活動する江和地区の担当だ。杷田地区≪わだちく≫は東京北西部と埼玉山梨の一部にまたがって置かれている。ちなみに東京の隣の千葉全域は巌塔地区≪いわとちく≫が取り仕切っている。杷田地区は常に資金難と人材不足に悩まされていて、地区長がいかにも気が弱そうな男の為、関東圏の地区からは舐められがちだ。


「で、お前んとこに命令だ。今夜22:30までだとよ。」

ピッと結雨子を指さし、初陣だ、と付け加えた。

「わかった。」

「気ぃ付けろよ。極力殺すな。“中身”もな。」

「あのさ、私女子高生だよ?あんまり難しいこと言わないで。」

「おっと、もう時間だ、帰らなきゃ!」

Prettyモードに戻った波流山はぶりっこしながらドアを開ける。

「ま、お前ならできるよ。」

そう言い残して、ふっと消えた。



―22:00 江和市|歩相≪ふそう≫駅—


 平日の夜だけあってもうすでに人は少なくなり始めていた。時々スーツのサラリーマンが十人十色の顔つきで通るばかり。行方不明事件を案じてか、駅からタクシーに乗る人がほとんどだった。そんな中、一人の女性が歩いて駅から出てゆく。家までは20分もかかるというのに。しばらくてくてくと早足で歩いていくと、

「お姉さ~ん、ハンカチ落としたよ?」

やはりというべきか、輩が絡む。これだけ被害があっても本能に従う者はごく少数ながらいるのだ。そして、

「おねえさ~ん?お~い」

周りには人が居ない。

「・・・」


バッと後ろから飛びつき、路地に連れ込む。

「おい…おとなしくしろ…殺すぞ…」

そういいながら男はズボンをずり下げる。もちろん片手にはナイフだ。

「・・・ッ!」

恐怖で声が出ず、なすがままに唇をなぶられる。と思ったらグッと息が漏れ、急に男の力が抜けて、倒れこんだ。

「大丈夫?」

この状況を救ったのは片手に棒らしきものを持った中性的な女の子だった。手を差し伸べる。

「良かった。声が出なくて…怖くて…」

女性が手を伸ばす。ゆっくりと

「もう安心して。さぁ、こっちへ!」


ぐいいっと結雨子が引き寄せたのは男の方だった。それとほぼ同時に、女の手はヒルのような形に変形し、男の服の一部をかみちぎった。結雨子は引っ張った勢いそのままに男を後ろに投げ捨て、左手に持った棒に手をかけ、こう叫んだ。

「Exor!起動!」

棒はかすかに高音を発しながらその全容を表していく。それは、少し小ぶりな日本刀の形をしていた。その刀はほのかに光をまとい、街のネオンの光を美しく反射している。結雨子はその“Exor Ver3.1”と刻まれた刀をだらんと下げ、余裕を持った笑みで化け物―—通称穢者に話しかける。

「すっかり化け物だね、お姉さん。」


目からは光が失われ、全身はすすけた肌色となったヒルの女。ケタケタと小声で笑いながら、全身をうねらせている。

「嘆書番号240039、罪状人喰、これより捕縄す!神妙に!」

結雨子は声を張り上げて警告を発する。と言ってもこれで止まる者はいない。

「=――==!」声にならない奇声を結雨子は耳で受け、答える。

「捕縄措置不可…か。分入措置とする!」

切っ先をだらんと下げて突進。勢いをそのまま刀身に乗せて、逆袈裟のような形で右腕を切り上げる。穢者が反応するより早く、ゴムのように伸びた右腕から鮮血が湧きだす。

「=-======!」

切り落とされた右腕はしゅうしゅうと音を立てながら蠢く。それはさながら蜥蜴のしっぽの様だった。怒りに燃えた怪物は左手で掴みかかろうとしたが、結雨子はそこにいない。逆袈裟を決めながらすり抜けていた。背後をとられた怪物は振り向こうとするが、

「ふっ!」

柄を思いきり頭と思しき部位に打ちつけられた。人間だったら即死である。

結雨子は泣き叫びながらうずくまる怪物を一瞥して

「まだ抵抗する?ならこの場で祓うよ。」

恨めしそうに結雨子を見上げる怪物だったが、限界を悟ったか、あきらめたように腕の切断面から“中身”が出てきた。結雨子は紙でできた筒に、“中身”を詰めた。“体”の方は通常の人間の形に戻り、一瞬でミイラのように萎れていく。結雨子はそれを見届けてから、マニュアル通り筒に措置と番号を書きこんでいく。

「分入措置、番号は、10034っと。」

「終わったかい?」

「うわあっ!」

結雨子の背後から兄の柳也が顔を出す。

「ハハハ、結雨子はまだまだ隙まみれだなぁ。」

「驚かさないでよ…ほんとに。それと、ちゃんと公名こうなで呼んで。」

「あはは、ごめんごめん。それじゃあ報告してね。」

二人の坊庭は向かい合って起立し、報告業務を行う。

「祓穢組江和地区担当祓穢士…き、麒麟椿、分入措置にて嘆書240039を遂行。」

「祓穢組江和地区集聞所兼祓穢士、蓉鶴凩、これを受けた。ご苦労さん。」

「麒麟椿って…どうにかならないの?恥ずかしいんだけど。」

女子高生が自称するにはあまりに厳つい公名に、結雨子はまだ慣れていない。


「かっこいいじゃん!」

とは名付け親。

「はぁ…」

こうして結雨子の、祓穢士としての初陣は見事に完遂されたのだった。

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