三十話 テラフォーミングセンターのアダム
島そのものの面積は、およそ四百ヘクタールはあるだろうか。
陸地には闇と一体化したような船着き場、ヘリポートが徐々に見えて、やはりここには重要な施設があり、着実に核心へ近づいている手応えを、怖気のような感覚とともに得る。
船着き場から上陸すると、人工島の全容が、次第に捉えられて来た。
そこは激しい戦闘の渦中であったかのように、戦場跡を彷彿とさせた。
崩れた建物。えぐれた地面。残骸となった戦車や爆撃機などの兵器が打ち捨てられ、弾痕や爆発の跡が、酸性を帯びた雨にさらされながらもいまだ生々しく残っている。
「ここって……なんか、エンシェント・イヴ号の荒れ具合を思い出すよね」
「……何があるか分からん。全員、充分に気をつけるのだぞ」
注意しつつ進んでいくとほどなく視界が開け、大きな施設が佇んでいた。
外観は半ば溶けかかり、黒ずみきっているものの、島の中心部に位置し、もっとも大きな建物である。手前にはいくつかのゲートが立ちふさがっていたが、どれも中央部分が薙ぎ倒されたみたいに破壊され、瓦礫さえ越えていけば内部へ入り込めそうだ。
「ガレクシャスはいないね……近くにあいつが乗ってきたボートは見つかったけど」
「さて、どうしたものか。先に外周を調べてみるか、思い切って踏み込んでみるか」
どう動くべきか悩みかけた時、決断したのはフウカだ。
「直感って言うのかな……うまく言えないけど、私……中に何か、大切なものが待っている気がするの。長老さんは中に入って欲しくないみたいだけど……それでも」
「ふむ……どのみち調べん事には何も分からん。ならば順番そのものに否やはないが」
「だったら行こうよ! 善は急げだ!」
ティムは全員の意気を上げるように言ったが――それはどこか必死さすら感じられる、空回りするようなむやみに揚々とした語調だった。
施設内は外部とは比較にならない程の闇で満ちていた。一握りの光源すらなく、あらかじめ用意した懐中電灯がなければ、一寸先もろくに探れない有様である。
長く伸びた通路は恐ろしいまでに静まりかえり、加えて荒廃だけが待ち受けていた。かろうじて道と呼べる狭い場所をくぐり抜け、あちこちを見て回る。
「ここが……テラフォーミングセンターなのかな」
壁に貼られた地図にライトを向けて、ティムは呟く。地図にはセンター内の間取りが描かれており、無数の部屋と通路で構成された、広大な施設である事が窺える。
それらの部屋のほとんどは崩落していたものの、一部確認できる場所も残っていた。
植物園のような一室や、大量の薬品が収められた研究室のような部屋、博物館のように様々な過去の生き物の剥製が飾られた部屋、映写機のある部屋など、何に使うのかよく分からず、無節操ですらあった。
「テラフォーミングとは、過酷な環境である惑星を、人間が住めるよう改造する事を指す」
興味深そうに調査しながら、ワガハイが恒例の長い講義を始めた。
「それって……つ、つまり、古い人達は、元々この星の生まれじゃなかったの?」
「そうなるな。古い人達は、かつて故郷となる星に住んでいて、そして何らかの事情から、ここに移住してきた……という話になる」
ティムは思わずフウカを見た。
古い人がどこか別の惑星から来たのだとすると、フウカの両親は――。
「例えばこの島や、各地に残っている施設は、惑星改造の名残。ここに来るまでに見た、けったいな代物が展示された部屋の数々も、この星で発見した生態系、および作られた代物の保全や保管が目的なのだろうな」
「なら、古い人達はどんな星に住んでいたんだろう。何の理由で、この星に来たのかな。それで五十年も経って、その人達は今どこに……」
一際長い通路の奥に、コントロールルームと銘打たれた扉があった。
明らかに他とは違う、何か恐ろしいものが待ち構えているかのような気配に、ティム達は声も出せず立ち尽くす。
腹をくくって踏み込んだコントロールルームには、机と端末が等間隔に並び、奥まった壁には映画スクリーンのような巨大なモニターが設置されていた。
壁や床には亀裂が入り、泥のような暗闇が凝り、埃まみれで他と変わらぬ惨状である。
「この部屋は……制御室みたいなものかな?」
「だろう。センター内の監視や機器類の操作、通信などを行う場所に違いあるまい――」
ワガハイは突然身動きを止めてモニターの方を見た。片眼鏡が起動し、その方向がライトアップされる。
「き、貴様は……!」
何事かとそちらへ注目を引かれたティム達は、同じようにびくりと立ち止まる。
「……ここに来るとは思っていたが、ようやくか。待っていたぞ」
照明が暴き出した闇の中から、邂逅を予期していたような口調で。
――ガレクシャスが、姿を現したのである。
「ガレクシャス……っ!」
「そう構えるな。今、この場においてお前達一行と事を構えるつもりはない……」
息を呑んで後ずさるティム達に、ガレクシャスも腕組みをして壁へ背をつけ、暴力を振るう気はない態度を示す。
互いの位置は、部屋の反対側同士。これだけ距離が空いていれば、少なくとも動きの予兆を見逃す事はないはずで、こちらにも対応できるだけの余裕はあるだろう。
それでも、重力を倍にされたかのような圧力は瞬時にしてその場の全員を射すくめ、誰一人として緊張を緩められなかった。
「か、カインはどうした……!」
「……ああ、あの犬か。知らん。戦闘中に、坂の下を転がり落ちていったきりだな」
何ら悪びれもせずのたまうガレクシャスに、ティムの思考は瞬間発火した。
「転がり落ちたって……な、何を他人事みたいに言って……!」
「よせ、ティム! 奴の口ぶりでは、カインは取り込まれてはいない……合理的に考えて、どこかで無事でいるはずだ!」
危うく踏み出しかけたティムに、横合いからワガハイが腕を伸ばして制止する。
「だけど、あいつはカインを傷つけたんだ……っ!」
「だから少し落ち着けと言っている! 気持ちは分かるが、今は奴の出方を見るのだ……」
「……あなたはここで、何をしているの……?」
わざわざ止められずとも、ティムよりずっと冷静に見えるフウカが、押し殺した口調で尋ねていた。
「ここには力を手に入れに来た。俺の求める、知識という名の最後の力がな」
「知識……?」
「だが――ある意味、予想通りというべきか。俺の命令には、『こいつ』は従わんらしい。ならばあるいは、お前なら……」
ガレクシャスの視線が、フウカへ向けられた瞬間。
――だしぬけにスクリーンモニターがブツンという音とともに点灯し、ティム達は揃って仰天した。
『ハロー、お久しぶりです、フウカ・リューピン様』
次には、室内にあるスピーカーから豊かなバリトンの男性の声が響いて来る。モニターの真ん中にはアルファベットの『A』という文字が表示されていた。
「あ――あなたは、誰?」
『私の名はアダム。このテラフォーミングセンターの統括AIです』
突然話しかけて来た相手の正体は分かったが、それ以上の勢いで次から次へと疑問が湧いてくる。
「それなら、どうして私を知ってるの……?」
『フウカ様はセカンドアース・プロジェクトの責任者であるキキ・リューピン、ならびにヤーヴァ・リューピン様のご息女です。あなたの情報は、この惑星で生まれた瞬間からあらゆる記録に登録されています』
フウカの頭の上に様々な疑問符が浮かぶのが、ティムの目からもはっきり見えた。
「ま、待って! お父さんとお母さんは、この施設で働いていたの? 一体ここで、何があったの……?」
『災害が起きました』
アダムの返答は事務的かつ端的なものだった。
『軍事基地、通信、その他全てのインフラストラクチャーは不可逆的に破壊されました。しかし私は致命的な破壊を免れ、本日まで極限まで電力を制限してしのいでおりました。あなたの存在を感知できたのも、不幸中の幸いというものでしょう』
「じゃあ……あなたはこのテラフォーミングセンターで……ううん、災厄の日に何があったのか、全部知ってるって事……?」
『はい。データベースに損傷はなく、撮影された映像は全て保存してあります』
「見せて」
「ふ、フウカ、いいの……?」
逡巡もなく即決したフウカに、ティムはおずおずと問いかける。
「――やっと……やっと見つけた気がするの……! もうすぐそこまで来てる! ここで絶対、絶対見せてもらわなきゃ……っ!」
もう逃がすまい、とでもいうようにアダムをひたと視線で貫き、心情を吐露するフウカは、エンシェント・イヴ号で目の当たりにした映像記録の時よりもなお、強く飢えていて。
『了解しました。管理者権限により、シークレットデータを開示します……』
モニターからアダムが消えて、カメラで撮影されていたとおぼしき、何十年も前の映像が、映し出されてくる。
画質そのものは鮮明で、テラフォーミングセンターにまだ破壊が及んでいない頃の綺麗な景色がよく見渡せた。
画面が切り変わり、白衣を着た二人の男女が映る――フウカと同じ古い人達。
「え……!?」
それもティムがいつか、フウカから見せてもらったロケットの写真の中の二人と、年齢的には少し若いものの、顔も身体もそっくりで。
――そして二人を見た途端、フウカが目を見開いて立ち尽くし、呼吸を震わせていた。
「……お父さん、お母さん……?」
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