二十八話 力
一人のロボットが打ち倒されて、悲鳴を上げながら地面を転がった。
近くには彼と同じく、白い全身鎧を着用したロボット――十数人にのぼる白鉄騎士団員達が力なく倒れ伏している。
「逆らうな。無意味な抵抗をするだけ、苦しみが長引く羽目になるぞ」
その様を冷ややかに見下ろす、一回りの巨躯を備えるロボット――ガレクシャス。
左目は切り裂かれたかのように斜めの刀傷が走り、残った一つのみの目がぎろりと持ち上がって、広場で立ちすくむ住民のロボット達を睥睨する。
「待つのじゃ……ガレクシャス、これは何のつもりかのう?」
その時、人波を割って長老さんとダララロが駆け付けて来た。
「しばらく音沙汰がないと思えば……いきなりやってきて、乱暴狼藉はやめるだロ! 一体どうして、こんなひどい真似をするんだロ!」
二人は傲然と佇むガレクシャスと、後ろで居並ぶ手下達を、怒りをもって睨めつける。
「知りたいか?」
ガレクシャスから発される、何らの罪悪感も含まれていない、重厚で高圧的な声音。
ダララロは負けじと前へ出て、至近距離から背筋を伸ばして睨み合う。
「俺の目的はただ一つ……力だ。何者にも屈さぬ絶対的な力を手に入れ、そして神を名乗る侵略者どもを迎え撃つ」
「……な、何が力だロ! お前が今やってる事は、ただみんなをいじめてるだけ――」
「ざっくばらんに言えば……」
ダララロの言葉を遮るように、ガレクシャスがゆらりと緩慢に腕を引いて。
「こういう事だ――なッ!」
「いかん……ダララロッ!」
瞬時にして打ち込まれた拳がダララロの顎へ吸い込まれ――その直前に長老さんが跳び上がり、ダララロの身体を攻撃の軌道上から押しのける。
その代価として、ガレクシャスの拳を背中にまともに受けたのは、長老さんだった。
「ちょ――長老さん!?」
塗装の剥げたボディの内側から部品をまき散らし、かすかに痙攣しながら糸の切れた人形みたいに倒れ伏す長老さんに、ダララロが痛ましい声を上げてすがりつく。
「外したか……まぁいい。『餌』はいくらでもある」
一方のガレクシャスはもはやそんな二人には興味をなくしたように、凍り付く住民達へ酷薄な眼光を注ぎ込む。
「やめろ、ガレクシャス! 自分が何をしてるか分かってるのか……っ!」
そこに駆け付けたのは、ティムとフウカ、カインの三人である。
ワガハイからガレクシャスの一味が集落に向かっているとの連絡を受けたティム達は、ラックへの挨拶もそこそこに大急ぎで取って返して来たのだが、そうして目にした光景はすでに手遅れと言っていい、想像を絶するものだった。
「長老さん! 長老さん! しっかりしてくれだロ……!」
背中に開いた大穴から不規則な火花を発生させる、動かない長老さんへ、ダララロが繰り返し声を掛けて揺さぶっている。
「黙れ」
ガレクシャスが足下にいたダララロ達へ、路傍の石でも踏み砕くような蹴りを見舞う。
ダララロはとっさに長老さんを守るように抱え、脇腹を勢いよく蹴り上げられてティム達の方へ転がって来た。
「ガレクシャス……ッ!」
「――ティム、ダメっ!」
ティムの中で何かが爆ぜた。フウカの制止も聞かずにしゃにむにガレクシャスへ突っかけると、言葉にならないわめき声を張り上げて腕を振りかぶる。
ガレクシャスはまるで邪魔なハエでも叩き落とすみたいに、モーションの小さい裏拳を放ってきた。
――鼻っ面にかまされるそれを回避する事も防御する事もできず、ティムはあえなく殴り飛ばされる。
どこかからティム、とフウカの悲鳴が聞こえた。激しくぐらつく視界の中を、何人ものロボット達の足が入り乱れており、広場が大パニックに陥っている状況を察する。
「ふ、フウカ……」
杖のない老人のような不確かな動きで、ふらふらと上体だけを起こすと。
変形したカインが、ガレクシャスに挑みかかっている背中が眼前にあった。
「グルルルル……オォォォォォォッ!」
「ちっ……ちょこざいな!」
カインはガレクシャスの周りを残像を残す程の敏捷さで駆け巡り、フェイントをかけながら懐に飛び込んでは、爪を強力に叩きつけていく。
「この野郎、ガレクシャス様に刃向かおうとは……ぎゃっ!」
手下達がガレクシャスを援護しようとするが、カインは即座にサマーソルトのような宙返りをしながら、後ろ足で蹴り飛ばしてのけた。
ガレクシャスは砲弾のような豪腕を轟然と振り回すも、カインの動きをいっかな捉えられていない。
「が、ガレクシャス様、大丈夫ですか!?」
「俺はいい……それよりも、さっさと村を制圧しろ!」
カインと打ち合うガレクシャスが大声で号令をかけると、手下達は一斉に広場へと詰めかけ、逃げ惑うロボット達を襲いにかかる。
一方的な蹂躙が始まった。
「ティム……ティム!」
呆然と座り込むティムの隣に、ロボット達の間をかいくぐってフウカが辿り着き、必死に声を掛けて来る。
フウカ、とティムが振り返った矢先、新たに飛び出して来る影が一つ。
「お前達、何をもたもたしている! 逃げるのだ!」
ワガハイだった。ひっきりなしに周囲で上がる怒号や悲痛な叫びにも負けないよう、短い腕を反対方向へ伸ばし、懸命にまくし立ててくる。
「カインがガレクシャスを止めている今がチャンスだ! 我が輩の家まで来い……そこなら連中には見つからん!」
「そんな……それならカインは……!?」
振り返る。カインはいまだガレクシャスへ立ち向かい、時間を稼いでくれている。
なのに見捨てて逃げろだなんて、そんな――。
「現実を見ろ! お前達ではガレクシャスには太刀打ちできん! ならば、今自分にできる事をするべきだ!」
「自分に……できる事……!」
ワガハイの叱咤を受けたフウカが、動揺から醒めたようにきっと瞳へ力を戻す。
けれどティムには、ワガハイの後半の言葉は耳に入っていなかった。
――お前達ではガレクシャスには太刀打ちできん!
そのセリフだけがぐるぐると頭の中を喰い進むように旋回している。
「……なんで……こんな事に……」
ティムは、悪夢のような恐ろしい一連の出来事を、ただ見ている事しかできていない。
ガレクシャスを止められなかった。フウカを守れなかった。何も、できなかった。
足下から世界が崩れ落ちて行くような恐怖と、目の前が暗くなる暗澹とした絶望が、闇の奥から忍び寄ってくるようだった。
ティム達は長老さんを抱えるようにワガハイの家へと逃げ込み、鉄板の出入り口が閉じる頼もしい音を背に、玄関口の床へ重体の長老さんを横たえた。
「長老さん! 返事をしてよ、長老さん……!」
ティムやダララロがいくら呼び掛けても、長老さんからの応答はなく、各機関部は運動をやめ、急速に熱を失っていた。
フウカがバックパックから工具を取り出し、屈み込んで長老さんのボディを開く。
「ふ、フウカ、直せる? 直せるよね……!?」
「お願いだロ、どうか長老さんを……!」
「大丈夫……! こんな時のために、私だって努力して来たんだもん!」
「ひとまずお前らは静かにしろ、フウカが集中できんだろうが」
おろおろと側で浮き足立つティムとダララロを、見かねたワガハイが叱り飛ばした時。
「……え……」
フウカが気の抜けたような声を漏らしたかと思うと、虚脱したみたいに両腕がだらりと落ちる。
「フウカ……? ど、どうし」
嫌な予感を覚えたティムは、開かれた長老さんの外装から、内部にあるはずのコアを覗き込み。
――流麗な色合いを備える黄玉が無惨に割れている様を確認して、身動きを止めた。
「あ……あ……! う、嘘だロ……っ!」
同じように、真っ二つになったコアを目撃したダララロも、言葉をなくしてへたり込む。
「これは……もはや……」
――コアを損傷したロボットなら、ティム達だってここ三年で幾度か出会った事はある。
けれどそれは、小さな傷がついたり、すり減っていたりと軽微なものに過ぎず、そこに少し手を加えてやる事で修復できるレベルだけだった。
だが、かすかに光を明滅させながら転がる長老さんのコアは、古い人で言えば心臓に穴が開いた状態――危篤を何歩も通り過ぎた、いまわの際。
こうなってしまっては、いくらフウカといえど、あるいはもっと設備の整った場所であっても、時すでに手の施しようがないという事。それが分かってしまった。
「……」
長老さんから、ノイズのような音が漏れる。
何かを話しているのだろうか。それもか細く、到底聞き取れる声量ではない。
――気にせんでいいわい、フウカのせいじゃない――。
だのに……そんなひょうきんなセリフが、ティムの脳裏を走ったような気がして。
「フウ、カ……」
何も考えられず立ち尽くし、肩を震わせるフウカを見つめる事しかできなかった。
「……なんで……」
フウカは脱力したように座り込んだまま、手の中にあるスパナを強く、指が白く血管が浮き上がる程に握りしめる。
「どうして……どうしてなの……!? わ、私……もうあんな事、見たくないから……死なせたくないから、ずっと頑張って来たのに……!」
やだ、とフウカは首を振る。何度も何度も、まるで三年前のあの船の場面へ戻ってしまったかのように。
「やだ……やだやだ……! こんなの、やだよう……! ティム! ワガハイ! だ、誰でもいいから、長老さんを助けてよぉっ……!」
長老さんにすがりついていたダララロですら、顔を歪めてしゃくり上げるフウカへ視線も言葉も奪われている。
「長老さんっ……死な、ないで……っ!」
誰よりも良く理解してしまっている、どうしようもない絶望と諦念。
迫り来るそれらに捕まりたくないみたいに、フウカが一際強く頭を振り乱し。
目元から跳ねた一粒の涙が、長老さんの頬へ落ちて。
――刹那、フウカの全身が極彩色の光を放ち、長老さんごと包み込んだ。
「な……こ、これは……三年前の……!?」
「フウカ……? どうしちゃったの、フウカ……っ!」
驚き戸惑うティム達の前で発生した、信じがたい現象。しかもそれは序の口だった。
何層もある部屋を埋め尽くすかのような強い光のただ中で、長老さんの半分に割れたコアが、ひとりでに動きだす。
そろそろと細やかな動きで接近しながら互いに向かい合うと、損傷部同士が埋まるようにゆっくりと重なり合い。
接合部を虹色の光が一閃した直後には、ヒビそのものも嘘のようになくなって、なんと元の状態へ戻ったではないか。
「も、戻っただロ……? 長老さんのコアが、直っていくロ……?」
「か、考えられん! これ程損傷したコアが修復されるなど、どんな技術でも不可能だ!」
「でも……でも! 目の前で実際……ううっ、眩しい……!」
たまらず両手をかざして目を覆ったティムが、ふと我に返ると。
あれほど強烈な輝きを見せつけた光は、前触れもなく消え去り――後には呆けたみたいに長老さんを見下ろすフウカだけが残っている。
そして、たっぷり数秒の沈黙の後。
「むむー……? おや、こんな所に揃って、おぬしら何をしておる……?」
マイペースな調子で声を発した長老さんが、のっそりと身を起こしていた。
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