二十七話 電波塔のラック・ボンド

 そして七日後。

 電波塔はいくつもの廃墟を抜けた先、凹凸の激しい荒れ地のただ中で、どこか郷愁を誘う色の夕陽を受けてぽつんと佇んでいた。

 高さは二百メートル以上。土台部分は三角形の鉄骨が支え合うように織りなし、例えるなら朽ちかけた大樹が根を張っているかのようだ。

 上層へ行くにつれて円形の外壁は次第に細く伸びた円錐状となり、頂上には開いた傘のようなアンテナが見える。


「ここが電波塔かぁ……ぼくも来るのは初めてだよ」

「他の村にも電波塔はあったけど、このニホン村のものが一番大きいよね」

「クゥーン……」


 カインも微妙に腰が引けている様子だったので、ティムは茶目っ気を含む声をかける。


「あはは、アーヴェル・タワーにもひけを取らない高さだもんね。怖くなっちゃうのも分かるよ」


 その時、電波塔中層に設置されているスピーカーから超音波っぽい電源音が響き渡った。


『ヘイ! 来てくれたか三人衆! 今入り口を開けるから、昇降装置で最上階まで上がって来てくれ!』


 ラックの声である。その直後、電波塔の壁が下に引っ込み、中へと入れるようになる。

 ティム達は言われるままに踏み込んで、吹き抜けになった薄暗い室内を物珍しく眺めながら、昇降装置のリフトで上へと運ばれて行った。

 リフトを降りて、目の前の廊下を進み、鉄製と思われるドアをそっと開くと――。


「ようこそ、ラッククラブへ!」


 周囲を機材に囲まれた部屋で、椅子にあぐらをかいて座っていた一人のロボットがくるりと振り向き、両手を広げながら歓迎の言葉を口にする。


「ここが俺の城だ! せっかく来たんだ、楽しんでくれると嬉しいぜ!」


 ティム達が入ったのはV字構造の部屋だ。

 正面には電波を通信、調節するための機器、両側には各種オーディオセットやモニターがセットされている。さらに壁際に沿って置いてある机にはブラウン管、ビデオデッキ、下の棚に古いタイプのビデオカセットや漫画、雑誌、ゲーム機、よく分からない機械の模型までが整理して詰め込まれ、クラブというより少年の秘密基地めいている。


「うわあー……すごいなぁ、面白そうなのがこんなにいっぱい!」

「えっと、それで……あなたがラックなの?」

「おう、間違いないぜ。ま、お互い電波越しじゃあ知り合いだったろうが、実際顔を合わせるまでは他人みたいなもんだからな!」


 椅子から立ち上がりながら、からからと快活な笑声を立てるラック。


 トークは流暢、低音ボイスも耳に心地良く、気持ちの良い人物だとの好印象は受けるが、容姿はなんとも目を引く風変わりなものだった。

 頭にはアフロヘアーがかぶせられ、首にヘッドホンを引っかけ、顔にはサングラス、身体にはダメージの目立つ青い生地に無数の黄色い星マークをちりばめた、いかにもロッカーチック、ビジュアル系な格好である。


「ぼく達に用事って何かな?」

「最近アンテナの調子がおかしいんだ。ここ十数年、騙し騙し使ってたが、とうとうガタが来ちまったらしい。聞いた話によりゃ、そこのフウカは機械に詳しいらしいじゃねぇか。だからここは一つ、アンテナの修理してもらいたくてよ」


 電波塔の機械の調子が悪いので、それを直して欲しいと、そういう依頼だったのだ。


「フウカ、どうする……?」

「いいよ、それくらいならやってみる」


 フウカはこれまた程よく気の抜けた、けれども自信ありげな返事を返している。ラックはパン、と両手を打って喜んだ。


「そいつは助かるぜ! 最上階へはそっちの梯子を登って行けるから、ちょっくら見てくんねぇか? 工具とかも置いてあるし、他に必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ」

「大丈夫。道具はいつも持ち歩いてるから」


 対してフウカはニヤリと笑い、服の下から手の指に挟み込むようにして、スパナやレンチ、ドライバーなど工具一式をかざす。ひゅう、とラックも口笛を吹いて感心し通しだ。


「フウカ、ぼくも一緒に……」

「大丈夫だから。何かあったら危ないし、とりあえず私が見てくるよ」

「……うん」


 やんわりと断られ、踏み出しかけたティムは足をぎこちなく引っ込め、部屋の左奥にある梯子を上っていく少女の背中を見送る。


「さてさてと! 今日のあんたらは特別ゲストだ! お客を退屈させるなんて事があっちゃならねぇ、ここは俺の秘蔵のミュージックをガンガンかけて、ハイになろうぜ!」

「……わあ、ラックの音楽が生で聴けるんだね! 楽しみだね、カイン!」

「ワンワン!」


 ラックが端末を操作すると、部屋の端々にあるランプがチカチカとネオンチックに光り始め、ディスコのような雰囲気になっていく。

 そして鼻歌交じりにリズムを取りつつ、ターンテーブルで次々と曲を流し始めた!

 ポップンミュージックからデスメタル、クラシックに演歌など、スタンダードなものから一風変わったまさに秘蔵といった曲の数々に、ティムとカインも踊ったり歌ったり、騒がしくも賑やかな一時を堪能するのだった。


「ねえ、ラックはずっとここでDJをやってるの?」

「ああ。DJだけじゃねぇ、隣の部屋には収録用のスタジオもあるからな、そこでテレビやラジオを発信したり、たまにゲストを招いてトーク番組をしたり、色々やってるぜ」

「でも、こんな高い場所で、たった一人なんだよね? 寂しくなったりしない……?」

「気遣いは有難いが、寂しくはならねぇな」


 ラックはターンテーブルを操りながら、肩越しに振り返って軽やかに笑う。


「俺はこの電波塔を通じて、みんなに楽しさを提供できる。んで、みんなも俺を楽しい奴って思ってくれりゃ、いつも側にいるのと同じ事だ。――例え離れていても、心は通じ合ってるんだぜ」

「……離れていても、通じ合う……」

「おうよ。俺はみんなの笑い声が好きだ。日々を楽しく、面白おかしく過ごすのが好きだ。そのための方法を考えて、確かな手応えを得られた時の喜びは、ここに来る以前じゃ決して味わえなかっただろうな。自分の趣味を仕事にできるってのは、本当に幸せなもんだぜ」


 ティムは相づちを打つのも忘れ、目から鱗が落ちる思いでラックの話に聞き入っていた。

 自分にとって好きな事は、何だったろうか。それは言われるまでもなく思い出せる。

 ガラクタ山で、鉄材を集める事。ワガハイや、友達と一緒に過ごす事。

 そんななんでもない日常が、何より大切だった事――。


(今のぼくは、何をしてるんだろう……)


 翻って、そんな疑問が湧いてくる。

 イヴ号を訪れたあの日、ティムは自分のしたい事として、フウカを守る使命を選んだ。それは紛れもなく自分の意思で、誰にも言い訳のきかない、大変で立派な仕事だったはず。


 なのに、今は――。


「カイン、ちょっといい? 手伝って欲しいんだけどーっ!」

「ワンワンッ!」

「……あ……」


 梯子の上からフウカが顔を出し、カインを呼ばわる。

 ティムの方には一度だけ笑いかけてくれるけれど、それだけだ。

 その微笑みには時間をかけてごめんねとか、一人で退屈だよねとか、そんな配慮が込められているだけで――カインに対するような、信頼の色はない。


 必要とされていない。




 それからしばらく経過して、フウカが降りて来た。汗を拭いながらラックと何事か話し合いつつ、また上へ戻ると、今度は地響きのような起動音が、電波塔内に鳴り響いた。


「あ、アンテナがちゃんと動いてる! 大成功だね!」

「よっしゃ、さっそくみんなに知らせてみようぜ!」

「ワンッ!」


 ラックが真っ先に降りて来て、機器を操作してマイクを握り。


「待たせたなみんな! ラック・ボンド様のお帰りだ! 今日からは今までの分もまとめたロックで熱いやつをガシガシ放送していくからよ、聞き逃すんじゃねーぞ!」

「ど、どう? 通じてる……?」


 おそるおそる尋ねるティムに、少し遅れて降りて来たフウカが隣に来て、端末とモニターの画面を交互に確認しながら答える。


「うん……計器に異常はないよ。ラック、あなたの声はみんなに届いてる!」

「へへっ――いきなりだが、今日は特別ゲストを招待してるんだ! その名もフウカ! ティム! カイン! 今話題沸騰、絶賛売り出し中の古い人少女ご一行だぜーっ!」

「ワン!?」

「わわ……ぼく達の事が伝わっちゃってるよ……!」

「特に、ここにいるフウカのおかげでたちまちアンテナが直って、こうしてみんなに話しかける事ができてるんだぜ! よしフウカ、あんたからもみんなに一言!」

「ええっ!? そ、そんな事言われても……」


 示し合わせもなくマイクを渡されたフウカは、火傷でもしたみたいに左右の手へ持ち替えたり、わたわたと身を揺するばかりだ。


「落ち着いてフウカ、みんなに聞こえちゃってるから! そ、そうだ、自己紹介とかどう?」

「じ、自己紹介っ? え、えっと~……わ、私、フウカって言います! お父さんとお母さんを捜して旅をしているので、もし出会う事があったら、その時はよろしくお願いします!」

「くーっ! 泣かせる話じゃねえか! おいお前ら聞いたか、純真な少女の儚い望みをよぉ! この中には世話になった奴らも大勢いるはずだ、だからフウカ達と会ったら力を貸してやったり、古い人を捜してやってくれ!」


 それからいくらかの軽妙なトークを繰り広げるラックを見て、ティムは思った。

 仕事上流行を把握する必要があったり、何かと耳の早いラックの事だ、ひょっとしたら、最初からこのお礼を考えていたのかも知れない。

 自分にはフウカに渡せるものも、一緒に旅についていく事もできない。

 だからこそその分、この電波塔を通じて、広く協力を呼び掛けた。

 それだけが、ここでDJとして長年培ってきた経験や交流を活かす方法だと分かっていたから。


「ラック……ありがとう」


 ティム達が思いつきもせず、あるいは考えても容易にはできなかった事を、さも造作なくやってのけたラックに、ティムとフウカが真摯に礼を述べると。


「あんたらは今まで三人だけで地道に旅をして来たらしいけどな、たまにはこうやって大勢に頼ったっていいんだぜ――顔も名前も分からない他人でも、信じる事はできるんだからな!」


 なんでもない風に肩をすくめたラックはそうして、屈託なく笑うのだった。

 その時、フウカの腰からピピピッと軽快な電子音が鳴り響く。


「あ、風末にメールが来てる……ワガハイから」


 風末を出したフウカは、その画面へ目を通し――表情をこわばらせて息を呑む。


「え……!?」

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