二十六話 サルベージ

 数日後。

 ガラクタ山の先にある名もない荒野。その中心部こそ、フウカを乗せた宇宙船の墜落地点であった。

 岩だなに囲まれた墜落地点には、朝から多くのロボット達が集結し、地割れに深く埋まったままの宇宙船をサルベージしようとしていた。


「こいつが宇宙を駆ける船ってか。でっけぇなぁ~!」

「へへっ。フウカの頼みとあっちゃあ、断れねえやな!」

「あの子にゃ色々助けられて来たからな。それに俺様、こういう力仕事を待ってたんだぜ! 今こそこの改造パワーアームの真価を発揮する時!」


 集落から人足として来てくれた力自慢のロボット、運搬を得意とするロボット、万が一の時のために修理装置を持ち込む医者ロボット、とりあえず応援がしたいロボットと、墜落地点はさながらバザーのように賑やかで、みんなが一致団結して動いてくれている。


「みんな、もうちょっと左にワイヤーを巻かないと、バランスが崩れちゃうよ! ――そうそう、こっちこっち! 何人か手を貸してー!」


 メガホンを手に声を張り、岩山でできた高台から監督するのはフウカである。

 全員が能力を十分に発揮できるよう身振り手振りで指示を飛ばし、全体の細かな調整を担当する事で、和気藹々ながらも作業にたるみが出ないよう統率に一役買っていた。


「フウカ、あんなにしっかりみんなをまとめちゃえるんだ……ぼくの知らないうちに」


 ……まただ。また、ちくりと胸のどこかを刺すような違和感が去来し、それを振り払うように太いワイヤーを宇宙船へ巻き付けていく。

 と、だしぬけに巨大な影が頭上を覆った。


「う、うわあっ、なになにっ?」


 驚きのあまりワイヤーを手放しそうになりながらもなんとか上体を伸ばして耐え、それから頭を上向けると、ちょうどこちらを見下ろす、陰影になった三つの目と視線が合った。


「あ、シュシ!」

「こんにちは、だ、ティム」

「ここで何してるの? ……あ、もしかして……!」


 うん、とシュシはゆらりと頷き、宇宙船を眺める。


「俺、フウカを手伝いたい。そのために、今日、来た。俺にも、何かできる事、あるか?」

「あるよ、あるある! 君の力があればきっとうまくいくよ!」


 半身のみでもなお、シュシの巨躯は船に見劣りしない。後はその膂力がいかほどのものかだが、シュシは何でもない風に任せろと言ってくれた。


「みんな、準備はいい? ――それじゃあ、お願い!」


 フウカがホイッスルを吹いて合図を送ると、宇宙船の周囲でワイヤーを握ったロボット達が、一斉に力を込めて引っ張り始める。


「えーんやこらー! よっこいせっ!」


 フウカのかけ声に合わせ、綱引きのように持ち上げられていく巨大な船。


「えーんやこらー! ……ってなんなんだろな?」

「さあなぁ。でも何だか力が湧いて来る気がするぜ! おらおら、よっこいせぇっ!」


 ロボット達は砂塵を巻き上げる程の馬力でもってワイヤーをぴんと張り、みるみる船を引き寄せて行くではないか。

 シュシも負けず劣らず、右手で岩にしがみつくようにしながら身体を支え、左手でワイヤーの束を引き込む。

 みんなのタイミングに合わせて規則正しく、効率的に力が伝わるようにする事で、シュシの腕が前後する度に船がずるずると穴から引きずり出される。


「運搬係のみんな、今だよ!」


 宇宙船が垂直に持ち上げられていく下へ、素早く平たいキャリアーが差し込まれる。巨大で硬質な一枚のプレートを、タイヤやキャタピラを持つロボット達が支えているのだ。

 そうして宇宙船が少しずつ下げられ、キャリアーの上へ乗せられていく。

 地響きにも似た音と振動を発しつつ、船がしっかりキャリアーに搭載されると、ロボット達から割れんばかりの歓声が沸き上がった。


「やった、やったぁ!」

「へへっ、こんな大仕事は初めてだったが、俺様達にかかりゃこんなもんよ!」

「チチッ、チチチチチチチチッ!」

「ワンワンワン! アオーーーン!」


 ティムもワイヤーから手を離して胸をなで下ろし、高台にいるフウカを見上げる。


「みんな……本当にありがとう! 私、絶対この船で、神様の星に行って見せるから!」

「フウカ……すごく嬉しそう。良かった……」


 瞳を輝かせて満面に微笑むフウカに、ティムは確かな達成感を感じながら、みんなに混ざって喜び合うのだった。




 その後、船は宇宙港の倉庫へ運び込まれ、急ピッチで状態の確認が行われていた。

 広大な空間の中央に据えられ、ライトアップされた宇宙船の側で、技術や研究が得意なロボット達が慌ただしく内部を出入りしたり、何事かを早口で相談し合っている。


「機関部は我が輩が確認する。お前達はモジュールや制御装置を検めてくれ。一度起動シーケンスを試みて、その結果いかんで個別に調整を施そう」


 ワガハイも水を得た魚の如く動き回りながらファイルに忙しく図面を描き込み、ペンを持った手で指図している。

 周りにいるロボット達もワガハイとは電気街や図書館で出会い、意気投合したらしい。お互いの長所は把握しているのか、多くを語らずともフォローし合い、事務的ながらもスムーズに作業は進んでいるようだ。


「どう、動きそう?」


 ティムが問いかけると、ワガハイは集中を邪魔されたくないのか振り向きもせず、手元のファイルを注視しながら答えてくる。


「主要な機関は無事だ。ただやはり三年も放置されていたからか、装甲の劣化が著しい。……修復には質の良い鉄材が必要だが、生半なものを使えば、風圧やGに耐えられず機体が爆散するぞ」

「爆散って……怖い事言わないでよ」


 もしも自分達が途中で船から放り出され、宇宙をさまよう事になったら――そう思うと身震いしてしまう。


「あ、でも……それならさ。――ぼくの集めた鉄は使えないかな?」

「お前の……?」


 そこでワガハイは手を止め、幾分意外そうに目をやってくる。


「確かに、お前の集めたあの大量のガラクタは、質や状態は申し分なく良いからな……うむ、なるほど。あれらを使えれば、船の装甲を頑丈に補強する事もかなうやもしれん」

「じゃ、じゃあ……!」

「だが――一度資材として使えば、二度と元には戻らん」


 一拍置いて、ワガハイはぶっきらぼうながらも、ティムを気遣うような口調で続けた。


「……我が輩は知っているぞ。あのガラクタがお前にとってどれだけ大切なものか、毎日毎日楽しそうに集めていたものか、ずっとこの目で見ていたのだ」


 それを使って良いのか、とワガハイは問うているのだ。けれど。


「……構わないよ。それで船が完成するならさ」

「ティム……お前」

「ワガハイの言う通り、惜しい気持ちはあるよ。――でも、なくなっちゃうわけじゃない」


 ティムはワガハイから視線を逸らさず、目のランプを瞬かせながら答えを返す。


「ぼくの集めた宝物達は、新しい形に生まれ変わって残り続ける。それも、ぼく達を守るために――そしてフウカの希望を乗せて、みんなで一緒に天高く飛び立って行くんだ。だったらもう、迷ったりなんかしないよ」


 ワガハイもしばし、ティムの双眸を覗き込むようにしていたが――やがて肩をすくめて。


「やれやれ、お前に感心させられる日が来るとはな。これもフウカと行動を共にしていた影響か?」

「あはは……どうだろ。ロボットは成長なんかしないし」


 ともあれ、話は決まった。地下倉庫へ安置されていたティムの鉄材達は、これから船の補修につぎ込まれる事になるだろう。

 倉庫の外へ出て行くワガハイと入れ違いに、アイアンホワイトがやって来た。


「アイアンホワイト、倉庫を貸してくれてありがとう。おかげですごく助かってるよ」

「気にするな。それよりも……」


 アイアンホワイトは首を巡らせて宇宙船を見渡し、感嘆の言葉を絞り出す。


「これが……宇宙船か。話には聞いていたが、こうしてじかに目にするのは初めてだ」

「そうなんだ。アイアンホワイトの事だから、とっくに墜落地点にも来てるものだと……」

「……まぁ、調査そのものは部下に任せても問題はないからな」


 アイアンホワイトは居住まいを正し、改まってティムを見据える。


「ティム。私はこの案件に関して騎士団による全面的な協力を惜しまない。もしも本当に神様の星へ到達できたならば、大いなる調和と福音の始まりとなるからだ。それに……」

「それに……?」

「……フウカと、そのご両親を……ぜひ引き合わせてやりたい」

「……ぼくも、同じ気持ちだよ」

「彼女がここまでの長き別離と深い悲嘆に暮れねばならぬだけの謂れや罪など、私にはどうしても、ないように思えてならない。ならばせめて、そのささやかで切なる願いを叶える一助に、なってやりたい……!」


 たどたどしくもこちらを見据え、胸の内を生真面目に語るアイアンホワイト。


「必ず……必ず無事に帰って来るんだぞ。君の――君達の家はここにあるのだからな」

「……もう、気が早いよアイアンホワイトは。でも」


 ティムは自分とフウカの分の気持ちも込めて、アイアンホワイトの手を握った。


「――ありがとう」




 倉庫から出た途端、広場で誰かを捜すようにしていたフウカがこちらを目に留め、カインを伴って小走りに駆け寄って来た。


「ティム、ちょっといい?」

「どうかしたの」

「さっきね、見慣れないアドレスからメールが来たの。これ……」


 フウカが風末の画面を向けてくる。どれどれと覗き込めば、なるほど受信画面には、ティムも初めて目にするアドレスが表示されていた。


「送り主は……『ラック・ボンド』? あれ、聞いた事あるような……」

「ほら、この前、ニホン村へ帰る時の電車でラジオ番組を聞いたよね? あれを放送してるのが、このラック・ボンドなの」


 言われてみればティムもその名前には聞き覚えがある。

 ラック・ボンドはニホン村にある電波塔に住んでおり、定期的にテレビやラジオ、音楽を発信して人々を楽しませている、有名なエンターテイナーなのだ。

 とはいえラック・ボンド本人とはこれまで面識がなく、当然その素顔も知らない。

 そんな彼がなぜ突然メールを送って来たのか、首を傾げるばかりである。


「えーと、内容は……『初めましてだな、フウカ! それにティム、カイン! 俺はラック・ボンド! ロックにゃちょっとうるさい一介のDJだ。今回の用件は他でもない。ちっとばかし困った事態になっちまってな。このまんまじゃあみんなにイカした曲を届けられないかも知れねぇ。そこでぜひ、あんたらの力を借りたいんだ! いつでもいい、俺のいる電波塔まで来て欲しい!』」


 ティムが文面を読み終わると、そのままフウカ、カインの両名と視線を見交わし合う。


「えっと……つまり、ラックは何か困り事に直面していて、その解決のためにぼく達を呼んでるって事……だよね?」

「多分ね。届いたのはこの一通だけだから、間違いってわけでもないと思う。……どうしよう? ラックさんには私達も楽しませてもらってるし、力になってあげたいのは山々だけれど……」


 倉庫の方を振り返る。ティム達とて余裕があるのでもない。全てをワガハイ達に任せて、勝手に現場を離れるのは、さすがに気が咎めるが――。


「でも、わざわざ助けて欲しいって頼まれたのに、知らんふりはしたくないな」

「私も同じ考え。それにもしもラックさんに何かあって、電波塔に異常でも出たら、星に住むみんなが被害を被りかねない……」


 ならば話は決まりだと、カインが一声吠える。

 とはいえ、宇宙船修理の労働力として既に勘定されている以上、割り当てられた作業を先に済ませてからという運びになるだろう。

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