二十三話 変わらぬ希望と変わる絶望

 数年ぶりに訪れたニホン村の集落は、最初にフウカがやって来た頃と比較しても、セピア色の廃村めいた状態からたまげる程に様変わりしていた。

 雑多なガラクタや使われないジャンクなどの残骸で散らかっていた路上は、隅々まで片付けられて清掃が行き届き、清潔で開放感のある景観になっている。

 立ち並ぶ民家も壁や天井が磨かれて滑らかな塗装を施され、生き生きとした光沢を取り戻し、なおかつ独創的なデザインの特色が濃く出た情緒ある味わいを演出していた。

 行き交うロボット達も、これまでは身体の一部が故障して異音や煙を発していたり、相性の悪い機械同士を連結させた影響でよく言えば独特、悪く言えばいびつな姿の住民が目立っていたが、今は全体を見直しつつ機能的なパーツを加えて改造する事で、すっきりしたスリムな出で立ちとスムーズな挙動を手に入れていた。


「えへへ……ここに来ると帰って来た! って感じがするよ」


 うーん、と伸びをしてみせるティムを目に留め、顔見知りの住民達が親しげな声を上げて近づいて来る。


「ティム、フウカ! それにカイン! 戻って来てたのか! 元気だったか?」

「ワンワンッ! ワンフ!」

「ついさっき、電車でね。みんなも変わりないかな……?」

「フウカに改良してもらった、俺達の自慢のアームも絶賛稼働に問題なしだ!」

「空気清浄機もメンテナンスはやっておいてるぜ。あれのおかげで酸性雨の降る頻度が減って、家が劣化するスピードも鈍ってるからな……フウカ様々ってもんだ」

「そんな事ないよ。空気清浄機も、他のインフラの整備も、民家の改修も、私達みんなで頑張った事だから」


 フウカがにこやかに笑いかけると、ロボット達は照れたように目を点滅させたり、もじもじしながら変形したりしている。


「フウカもさ、病気になる事がなくなって良かったよ。ぼく、ずっと心配で心配で、コアがきゅっと痛かったんだからね」

「ふふ……ごめんね。でも私はもう大丈夫だよ」


 大気汚染の影響を誰よりも受けていたのはフウカで、まだ身体が未成熟な頃は、有害物質を吸い込んで体調を崩す事態もしばしば起きていた。空がどうこう以前に、いち早く大気の問題を解決しない事には、フウカ自身の命が危うかったのである。


「チチッ」

「あ、チェッキー!」


 頭にプロペラをつけた小さなロボットを見つけ、フウカが弾んだ声を上げて駆け寄る。


「久しぶりだね。あれから変わりないかな?」

「チチ、チチチ、チチチチチッ……チッ……チチチチチ……ッ!」

「へ?」

「――チシャーッ!!」

「きゃあっ!」


 チェッキーの全身がパカっと割れて溝だらけの姿になり、フウカは小さく悲鳴を発してのけぞってしまい。


「あははっ、相変わらずチェッキーは怒りっぽいんだね」


 あらかじめその顛末を予測していたティムは、すかさずフウカの背中を支えた。


「ワン!?」

「いつもの事だから、カインも気にしなくて大丈夫だよ。フウカも、前みたいに腰抜かしてたりしない?」

「う、うん……だ、大丈夫だから」


 フウカは去りゆくチェッキーを肩を落として見送る。


「薄々分かってたけど……まだまだお友達にはなってくれないみたい」


 三人は道行く住人達と和やかな雑談を交わしつつ、広場の方へ向かうと。


「ティム! フウカ! カイン! お帰りだロ!」


 酒場の戸口で待っていたダララロがぴょんと跳ね上がりながら煙突から煙を吹き出し、ローラースケートでうきうきとやってくる。


「ただいま、ダララロ!」

「フー子も久しぶりだロっ」

「もう、フウカだってば~」


 困ったように笑うフウカに、ダララロはじろじろと目線を注ぎ。


「ちょっと会わない内にでかくなっただロ。それにちょっと丸くなった感じがするだロ」

「え? それ聞き捨てならないなぁ、私が太ったって事?」

「ち、違うだロ! せーじゅくした雰囲気になったって事だロ。さっき見かけた時、誰かと思ったくらいだロ……」

「そうかなぁ……自分じゃあんまり自覚ないんだけど」

「これからはフー子じゃなくてフー姉だロっ」

「なにそれひどっ」


 冗談めかして拳を振り上げ、ダララロヘ抗議するフウカ。


「やっぱりおてんばなのは変わってないだロッ」


 泣き顔の鳩を出すダララロ。ティムも吹き出してしまい、ひとしきり笑い声がさざめく。


「時間通りじゃのう、三人とも。近頃は時間にルーズな若者が増えているというのに、感心じゃわい」


 と、大儀そうに杖を突いて酒場から出て来たのは、これまた顔を合わせるのは半年ぶりの長老さんだった。


「長老さん! 久しぶり~元気だった?」

「ま、ぼちぼちな。……おや、フウカ。どうかしたかのう」

「う……ううん、なんでもない!」


 のほほんと長老さんが見つめると、視線の先に佇んでいたフウカは、どうしてか目元をごしごしと拭い、声をやや引きつらせて首を振る。


「フウカ……もしかして、泣いてたの?」

「な、泣いてないよ、子供じゃないし! でも……長老さんを見た途端、急に、帰って来たんだなあ、って思えて……」


 緊張が緩み、涙腺も緩んだという感じなのだろうか。ティムには想像しにくい感覚だが、確かに懐かしい集落の姿に、ノスタルジーな安らぎが湧くのは共感できる。


「ふぉっふぉっ。ワシもおぬしらが無事で安心したぞい。人間健康が一番じゃからのー」

「あはは……それでえっと、ぼく達が戻ってる事、もう伝わってたのかな?」

「いや、帰って来る日取りはワガハイから聞いてただロ! ワガハイ、めっちゃ喜んでたロ? 久しぶりにティム達に会えるって、昨日から集落中を歩き回ってただロ」

「ワガハイが喜んでるって……? うーん、あんまり想像できないなあ」


 ワガハイとは付き合いが長いが、そんな風に人目を気にかけず感情をあらわにするのは、よほどの緊急時や趣味に関する事柄でもない限り滅多にないのだ。


「まぁでも、その事をいじるときっと機嫌悪くなるだロ、こっちもしらんぷりしとくのが賢い選択だロ」

「あはは、そうだね。ワガハイ、クールキャラ? を目指してるらしいし」

「メールじゃ話したけど、やっぱり会いたいなあ。どこにいるのかな」

「さっきティムの家の方に歩いて行くのを見ただロ。慌てなくてもそのうち会えるだロ」

「それもそっか。それならさ、私達がいない間に、長老さんやダララロがどうしてたか、教えてくれない?」


 それぞれの旧交を温め合う。長老さんは長老さんで、相変わらずみんなの面倒を見たり、新たに目覚める仲間を迎えに行ったりしているようだ。

 ダララロについても話題が移った。ダララロはより精力的に働き、ダララロツアーも当然継続中だ。

 様々な物品や文化が輸入されて村は一回りも二回りも豊かになり、他の村との連絡や連携も密に取られ、飛ぶ鳥を落とす勢いで飛躍を続けていたのである。

 ダララロの元々の真面目な仕事ぶりや、村への貢献ぶりが評価されていたのもあるだろうが、何より支持を得る決め手となったのは、毎日の選挙活動によるものだろう。

 言葉はつたなく、ちょっとした野次に反応して度々中断するくらい不器用で、決して要領が良いとは言えない運動だったけれど、その分熱い思いを語り、村を盛り立てる事を約束し、彼の熱意はアーヴェルの住人達の心を動かしたのだ。


「この分なら、次の村長はダララロに任せて、ワシは隠棲でもしてよさそうだのう」

「ちょ、長老さん、縁起でもない事言わないで欲しいだロ! 俺なんかまだ、まだまだのまだまダララロだロ、長老さんにはまだまだ教えて欲しい事がいっぱいあるだロ! い、いなくならないでくれだロ……!」


 ジョークじゃよ、とあっけらかんに言う長老さんに、ダララロは振り回されているようだが、とても楽しそうだった。


「ダララロ、ぼく達も応援してるよ!」

「ワンワン!」

「何かあったら気兼ねなく話してね。特に機械の事なら、私も役に立てると思うから」

「そこは頼りにしてるだロ。フウカの知識と技術と発想のおかげで、みんなの寿命も延びる一方だからロ!」


 えへへ、と照れて頭を掻くフウカ。

 実際、フウカの機械に関する技量は相当なものだ。

 日々ワガハイの元で猛勉強を積んでいた事もあって、簡単な機械ならすぐに直してしまえるし、風末を作成したりカインを改造したりと、村の中でも外でも大車輪の活躍なのだ。

 カインも取り付けられた機能を十全に発揮し、良きパートナーとして働いている。


 ならば……残ったティムはというと。


「ふぉっふぉっふぉ。フウカは頼もしいのう。ティムもこれは負けてられんじゃろう?」

「う……うん」


 とっさに、歯切れ良くは応じられなかった。

 だって。


(ぼくは……別に何もない)


 旅の目的地も方針も、ここしばらくはずっとフウカが主導権を握って決めているため、ティムはただその後についていき、やれる事といえば話相手になるくらいだ。

 カインみたいに改造して強くもなれない。身体に力を施せば、代償に心を失う。


 ――そんなもので本当にフウカを守れているのか。


 ふと、降って湧いたようにどこからか疑問が芽生え、ティムはぞくりと身震いした。


「……ティム、急に震えてどうかした? どこか具合でも悪いの?」


 その些細な変化を見逃さなかったのか、フウカが横合いから顔を覗き込んで来る。


「な、なんでもないよ……なんにも」


 フウカはすぐ隣にいるのに――同時にもう、決して手の届かない遠くにいるかのようにも感じて、ティムはその感覚を振り払うみたいに、努めて何事もない風を装い答えた。


「……そう? 何か身体に異常があったら言ってね。ティムの装甲は柔らかいし、コアに何かあったら大変だもん。私ならすぐ直せるから、変に気を使わなくて大丈夫だよ」

「ほ、本当に平気だから……」


 なおも見つめて来るフウカに、たまらずティムは視線を逃がす。


(ぼくはあの日……君を守ると約束した。でも……ぼくに、何ができている?)


 背中にフウカの心配げな目線が突き刺さり、気まずいやら申し訳ないやら、ティムの頭の中はうまく整理できず、ぐるぐる迷走を始めていた。


(何が出来る? ただ側にいるだけで――君を……守れてる?)


 どこかほの暗く、絶え間ない思考の渦はティムの口数を減らし、会話らしい会話もなく、三人は帰るべき家へと向かうのだった。




 集落の外れへ向かって歩き続け、日の暮れなずむ夕刻時に、三人は家の前まで到着した。

 鉄板張りの道の両側にはガラクタが山と積まれていたのだが、これは不潔だし、日も当たらず湿気るし、景観を損なうというフウカの提言もあり、数年前に大掃除がなされた。

 今は綺麗さっぱり片付いて、遠目に集落が見える程まで見晴らしが改善されている。

 家屋そのものも本格的に錆を落とし、歪んだ部分を整え、そこに腐食を防ぐ薬品を何重にも塗布しておいたため、旅の間もほとんど汚れていなかった。

 シルバーメタリックな外壁に縞模様の暖色系カラーリング、そして可愛らしい動物の顔や花の絵が出迎え、それを目にした三人はようやく帰って来たのだと息をつく。

 フウカが鍵を差し込んでドアを開けると、これまた慣れ親しんだ室内と染みついた生活の雰囲気が懐かしく、三人は自然と顔を見合わせ、笑い合った。


「ただいまー」

「ふふ……ただいまっと」

「ワンワン!」


 玄関前のカーペットで靴や足についた汚れを落とし、中に入っていく。

 リビングは出かけたままに変わりがなく、テーブルなどの家具や床にも少し埃が積もっている程度である。

 ティムは一応寝室も見に行ったが、そこも時を止めたかの如く、出がけに整頓した自分の寝具、その横にあるフウカのベッド、壁際にあるカインの犬小屋と異常は見当たらず、むしろすぐに休みたい気持ちに駆られてしまう。


「とりあえず、荷物を置いて来ましょうか」


 一方のフウカも、そう言いながらリビング右手にあるドアから、かつてのティムの倉庫――今は自分用に改装したアトリエへ、バックパックを置きに行ったようだ。

 フウカのアトリエには道具が仕舞われている大きな作業台を中心に、PCから家電製品、アンテナ、金属、金属加工用の薬剤、小型車両、研究開発日誌や論文、設計図を詰め込んだ本棚、星のジオラマ、手作りのミニチュアフィギュアや宝石など、これまでに工作した多種多様な装置、部品、芸術品が置かれ、奥の方には金床に炉などの鍛冶場まで設置されている。

 製作した物の種類、数ともに雑多ながらもきっちりと区分けされ、職人のような空間を作りだしつつも隅に据えられたふかふかソファーと犬っぽいファンシーな柄のクッションが、きちんと癒しもたしなむフウカらしい穏やかさを内包していた。

 ちなみに、ティムの集めた大量の鉄材は、アトリエの地下に掘った倉庫へ収納してある。


「うーん……帰って来たら急に疲れが出て来ちゃったよ。すぐご飯にしたいけど……その前にシャワー浴びようかな」


 ソファーにぽふっと座ったフウカは大きく伸びをしながらそうひとりごち、それから急に背筋を伸ばし、紅潮した顔でティムを振り返った。


「の、覗かないでね……!」

「う、うん……?」


 それはもちろんだが、妙に過剰な反応を見せるフウカに若干気圧されてしまう。

 フウカは裏手にあるシャワーと浴槽が纏められたガレージタイプの浴室へと向かい、壁越しに水しぶきや鼻歌が響いてくる。


「ねえ、カイン。なんか最近、フウカの様子、おかしくない……?」

「ワゥフ……?」

「え、ぼくも似たようなもん? そ、そうかなぁ……なんでだろ」


 それとなく感じる空気の固さというか、距離感のようなものに首をひねっていると、玄関口から足を踏み入れて来る影があった。


「失礼するぞ」


 憮然とした声に振り返ると、そこに立っていたのは。


「ワガハイ!」

「ワンワン! ワゥン!」


 昆虫っぽい双眸に分厚い片眼鏡をかけ、背中に開閉式のボックスを背負った、ずんぐりむっくりした体型の、ティム達にとっては旧知の間柄のロボットだ。


「ふん……久しいな、ティムにカイン」


 ワガハイは首を反らしてティムを睥睨し、腕を上げて指差してくる。


「まったく、しばらく連絡の一つも寄越さないと思えば、忘れた頃に現れおって。到底合理的ではないぞ」

「……うーん、七十点くらいかな」

「なに?」


 フウカと二人で予想したワガハイの批判的反応に点数をつけていると、輪を掛けてじろっと睨みを利かされたため、慌てて首を振り、拝むように両手を合わせて平謝りする。


「ご、ごめんごめん! 心配かけちゃったね。で、でもお説教はせめて、フウカが戻って来てからにして欲しいな……」

「別にお前らの事なんて心配しとらん。だが……そのフウカはどこにいる?」

「ワンワンワンフロ」

「風呂だと? やれやれ……帰って来るや否やまず衛生観念を優先させるとは、いまだに古い人の生態はよく分からんな」


 ワガハイはそうぼやきながらテーブルへ近づき、背中のボックスを開けて、その中から手早く新鮮な魚を取り出し、並べていく。


「わぁ、お魚がいっぱい! 取って来てくれたんだ?」

「お前らはともかく、フウカはちゃんと栄養を摂取しなければならんからな。帰還する時刻に合わせて、色々と食材を調達して来たのだ」

「先見の明ってやつだね」

「お前いつの間にそんな難しい言葉を覚えたのだ……」


 目の前でぴちぴちとのたうつ魚介類は、ティム達が数年前に村を探索中、偶然発見した地下シェルターの養殖施設で泳いでいたものだ。

 供給される餌はほぼ底を尽き、不潔かつ不健康で、共食いまで始まっていたかなり凄惨な状況だったのだが、全員で知恵を絞って環境を改善し、改めて魚や海藻の養殖を進め、こうして食卓へ並べるまでに至ったのである。

 特に地下水にまで汚染が回っていない事が判明したのは朗報で、ボトル入りのミネラルウォーター頼りだった生活から、フウカがこの星天然の水でも水分を補給できるようになったのは大きい。

 綺麗な水はそれだけで多様な利用価値があるため、人々の暮らしにも色々と応用が利き、ここしばらくでニホン村が急速に発展した要因の一つだったりする。


「わーい、マグロだマグロだ! かっさばきたーい!」

「ワンワン! ワンスラッシュ!」


 リビング奥に改築したキッチンへ立ち、ティムは包丁、カインは爪でそれぞれ、慣れた手つきで魚を捌き出す。


「ふう……生き返ったぁ……」


 ほどなくして、フウカが風呂から戻って来た。

 髪はツヤのある湿り気を帯び、バスタオルを巻いた全身から湯気を立たせ、緩みきったほくほく顔をしていたが、そこでワガハイの存在に気がつき。


「あ、ワガハイ! 来てくれたのね!」

「ああ。邪魔しているぞ」

「そんな事ないよ、会いに来てくれてすごく嬉しい……!」


 嬉しそうな笑顔のままぴょんと兎みたいに飛び跳ねてワガハイの手を握りに行くが、その矢先にキッチンにいたティムと目が合い。


「あ……」


 はっとしたみたいに自分の身体を見下ろすと、またしても顔に朱を上らせながらいきなり面伏せ、いそいそと寝室へ駆け込んでしまう。


「……なんなんだ、今のは?」


 嵐のようなフウカの振る舞いにさすがのワガハイも唖然としていたようで、ティムの方をうろんな目線で見やってくる。


「わ、分かんない……ちょっと前からフウカ、変なんだ」

「躁鬱病でもわずらったのか?」

「クーン……?」


 フウカが部屋着の白ワンピに着替えて戻って来た。

 その頃には調理の方も一段落して、ティムは料理をテーブルに並べながら声をかける。


「お疲れ、フウカ。ご飯できてるよ」

「うん、ありがとう」


 今度のフウカはもうすでにごくいつも通りといった態度で、ますますもって訝しく感じるが、同時に元のフウカに戻ってくれた、と胸中で安堵もしてしまう。

 カイン用の食事も取り出し、ワガハイもエネルギー補給のイナズマ味ガソリンドリンクを呷りながら席について、夕食タイムだ。


「このお刺身美味しい! 甘くって、舌触りが良くて、ほっぺたがとろけそう~」

「それは何よりだ。今日は帰還祝いだからな、なるべく豪勢な食材を持って来たつもりだ」


 フウカが食べているのはマグロの刺身と、シュシのガーデンで採れた各種緑黄色野菜のサラダ、及びイチゴやキウイなどのフルーツ、化学合成で作成した人工肉と、人体に必要な栄養素と美味なる味わいを両立した献立だ。

 牛乳と卵だけはどうにもならなかったが、現在は研究も進み、それに近い成分の飲料や代用卵を合成する事はできている――とはいえまだ、フウカが満足できるだけの味や歯ごたえへ辿り着くまでには、おおいに改良の課題が残っているが。


「それにしても、本当に大きくなったものだな」

「え、急にどうしたの……?」


 まじまじと視線を送るワガハイに、フウカは戸惑ったようにまぶたをぱちくりさせる。


「最後に顔を合わせたのは五ヶ月二十二日九分三秒ぶりか。また一段と質量が増している。このたくましさと目の離せなさがまさに生物という種か、つくづく飽きないな」

「し、質量とか……もうちょっと他の言い方はないの……?」


 心外そうな渋面を張り付けるフウカは置いておき、ティムはワガハイの変わらぬシャープな口ぶりに笑みがこぼれた。


「あはは、ワガハイは几帳面だね」

「お前がおおざっぱすぎるのだ。どうせ昔と今と比べて、大して変わっていない程度の認識なのだろう、違うかティム」

「うん。フウカは身体は大きくなったけど、でもずっと可愛いよ。もっともっと綺麗になって欲しいな」

「……っ」


 ごんっ、とフウカが音を立て、ナイフとフォークを持ったまま突っ伏してしまった。


「ふ、フウカっ? 急にどうしたの、喉にお魚の小骨が詰まっちゃったの……?」

「う、ううん、ちょっと頭が滑っちゃっただけだから、えへへ……」

「そ、そう……? 気をつけてね、大好きなフウカに何かあったらぼく、泣いちゃうから」


 やっぱりどこか引っかかる。どうもティムの言動が関係しているようだが、その理由は見当もつかない。


「……なるほど。大体何が起きているのか把握できた。フウカも意識する年頃という事か」


 一方では訳知り風にワガハイが頷き、何食わぬ調子で話題を促してくる。


「ところで風末の調子はどうだ。変わりないか?」

「まずまずかな。でもそろそろメンテナンスしたいから、ワガハイも手伝ってくれない?」

「いいだろう。開発に協力した者として、作品の面倒は最後まで見るものだからな」


 ワガハイは大仰に腕を組み、大儀そうに頷く。


「それにお前の事だ、旅の間も改良し続けていただろうしな。そのあたりにも興味がある」

「ふふ、別に大した事してないよ」


 二人の間で楽しげに飛び交う、ティムにはとても理解できず、口も挟めない専門用語の数々。

 少しの間ぼんやりとその団欒を眺めていたが、そのうちいたたまれなくなって俯く。 

 下からカインが慮るように声をかけて来ていたが、反応する気力は沸かなかった。

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