二十二話 譲れぬ信念
「……君達は……ああ、まさかこんな所で」
アイアンホワイトも予想外の遭遇だったのか、威圧的な態度はどこへやら、間の抜けた声を返して来る。
「わあ、偶然だねぇ! アイアンホワイトもこの電車に乗ってたんだ? 電車、楽しいもんねぇ」
「確かに意表を突く邂逅だが、別段私は遊びで乗っているわけではない。白鉄騎士団招集のため、部下達と作戦区域へ向かっているだけだ」
ほら、とアイアンホワイトが半身をずらすと、自動ドア越しの窓から、先頭車両の座席に十数人程の団員達が待機しているのが窺える。
「ほ、ほんとだ……さすがはアイアンホワイト。真面目なんだね……」
「世のため人のため奉仕するなら、時間を無駄にしている暇はないからな。――まぁ、それはそれとして……久しいな、ティム。それにカイン」
「ワンワン!」
そして、とアイアンホワイトがフウカを一瞥する。
「フウカ、だったな。こうして直接顔を合わせるのはいつぶりか」
「うん……」
「――いや、君が私を警戒するのは分かる。何せ私は以前、面と向かって君を信用しない……動向を監視するとまで言い放ったのだからな」
「私は、別にそんな……」
「ただ、こうして出会えたのはいい機会だ。常々君……いや、君達に話したい事があった」
「ぼく達に?」
かけてくれ、とアイアンホワイトが示すので、ティムとフウカはアイアンホワイトから斜向かいの位置へ並んで座り、こちらに注がれる真摯な眼差しと相対する。
「まずは、礼を述べたい。君達が各地で活動してくれているおかげで、これまでよりも一層治安が良くなった。心の荒んだ者は減り、物資を奪い合う事もなく、それぞれの村に住む者達は皆、君達に感謝している」
「そんな……村長のやるような難しい仕事はしてないよ。ただの通りすがりの人助けだし」
「とはいっても、その人助けの内訳は非常に多岐にわたるのだ。廃墟での救助活動、インフラの整備事業、希少な生きた土の発見及び確保、他にもetc.……」
指折り数えるアイアンホワイトを前に、ティムは何だかくすぐったくなってきた。
「君達にしてみれば、些細な行動の積み重ねだろう。だがその積み重ねのおかげで事故は減り、生活は潤って張りができ、三年前とは見違えるように活気づいている」
アイアンホワイトは身を乗り出し、穏やかな口調で告げる。
「君達が取り戻してくれたんだ。かつての古い人が謳歌していた、そう、青空のような平和を――」
「青空のような、平和……」
「そうだ。そして詫びたい。私は君達を疑っていた。秩序を乱す者として、いつかは対峙する羽目になる事を予感していた。――だが実際には、君達にはそんな悪心はなく、災厄を招くどころか、我々以上に人々へ尽くしてくれている。私のこれまでの接し方は誤っていた。本当にすまない」
立ち上がり、深々と頭を下げるアイアンホワイトに、フウカも表情を和らげながら腰を上げて、その手を取り、包み込む。
「謝らないで下さい。アイアンホワイトさんは悪くないですよ。ただ自分の職務に、みんなのために一生懸命だっただけなんですから」
「フウカ……」
「みんなが平和に、幸せに過ごして欲しい。そう願う気持ちは私達も一緒です。だからこれからは、手を取り合って頑張っていきましょう! ね?」
アイアンホワイトは一呼吸分たっぷり、フウカの笑顔を見つめて、言った。
「……君達には大きな借りがある。それでも良かったら、皆のために力を貸して欲しい」
「もちろんですよ」
「うんうん!」
「ワン!」
「ふ……君達に対してどう接したものかこの所迷っていたのが、いざこうして言葉を交わせば、実に些末事だったな。もっと早く話しておけば良かった」
アイアンホワイトは心なしか肩の力が抜けたように自嘲し、窓辺へ振り返る。
「……少しでも君達の役に立てばと、我ら騎士団もかねてから古い人の情報を探してはいたのだが、予想よりも思わしくない。アーヴェル一の組織力をもってしても手がかりすら得られないとは、まったく情けない話だ」
「……そう、ですか。気にしないで下さい」
フウカの声のトーンが若干沈んだように思え、ティムは遠慮がちに呼び掛けた。
「ふ、フウカ、大丈夫……?」
「うん……私は平気」
いつものように微笑みながら見上げて来るフウカ。
――けれどもティムは、フウカが本当に落ち込んでいないのか、分からなくなっていた。
小さかった頃と比べ、いつからかフウカはよく、感情を笑みだけで表すようになった。
ティムやカインのように、思いが湧き上がるままに全身で表現する事が少なくなり、ただ笑って一言二言心情を述べる程度だ。
三人一緒に笑ってしょげて怒って、いつだって新鮮な気持ちを、ありのまま通じ合わせていたのに、今はティムやカインを一歩離れた位置から見守る事の方が多い。
その変化の中に何か、ティムは得体の知れない溝のようなものを感じている。
今だって、そう――これでフウカが下を向いていたり唇を噛んでいたりといった癖やサインを見て取れれば、励ましようもあるのに。
「すでに目撃情報が続出している。ガレクシャス、その一味の動きが気に掛かる……」
「最近は行く先々で会う人も、その話をしてます……不気味な感じがしますよね……」
はっと意識を引き戻すと、ガレクシャスについての話題へスライドしており、すでに協議のような形で情報交換が行われていた。
「が、ガレクシャスがどうかしたの? ぼく、ちょっと別の事考えてて聞き逃しちゃった」
「奴は近頃、急速に勢力を拡大している。治安維持から焼け出されたあぶれ者達をかき集め、兵力を蓄え、そして武器を次々と生産しているのだ」
三年前を除けば、各地で小競り合いを繰り広げる彼らの一味とも遭遇した事はある。
ゆえにその件に関してティム達も彼ら自身や、被害を受けた住民などから耳にしていた。
いわく、ガレクシャスはさらなる強大な力を得たとか、何かを狙っているとか。
「今回の奴の侵攻先と見られているのは、ニホン村だ。目的は不明だが、ろくな事柄でないのは確かだな」
「に、ニホン村にやって来るの? ガレクシャスが……っ?」
「無論、我々もこのまま手をこまねいているわけではない。ただちにニホン村へ急行し、迎え撃つ算段だ」
「だからアイアンホワイトさん達は、私達と同じ電車に乗ってたんですね……」
まさか目的地まで一緒とは、なんと奇遇な。
ティムが意外に思っていると、傍らで耳を傾けていたフウカが、ぽつりと呟いた。
「やっぱり……出会ってしまえば、お話だけじゃ、済まないですよね……」
「奴が秩序を荒らそうとするのは明らかだ。一戦交えるのは、避けられんだろう」
どうして、とフウカが目を上げ、ひたとアイアンホワイトを見据えた。
「なぜそうも、戦おうとするんですか? 私達がこれまでやって来たように、対話でそれぞれの問題を解決できれば、そんな恐ろしい事しなくても……」
「……お互いに、譲れぬものがあるからな」
「譲れないもの……?」
ああ、とアイアンホワイトは腕を組み、嘆息するようにかぶりを振る。
「……私は奴と因縁がある。消しても消せない、烙印のような因果で結ばれているのだ」
そうしてどこかだらしなく背もたれに寄りかかり、顔だけを横へ傾け、窓の向こうで流れる暗闇を見る。
一定の間隔を置いて走る電灯の光と闇の狭間に、過ぎ去った縁を映し込むかのように。
「昔の話だ。……私はかつて、奴と行動を共にしていた」
「ガレクシャス……と?」
信条からして水と油のような関係の二人が、一緒にいた。にわかには信じがたい告白である。
「目が覚めて、見えた景色は荒野だった。砂と岩以外無味乾燥、何もない、誰もいない……この世の果てのような場所だ。何をすればいいのか。何のために目覚めたのか。何も分からない私はただ彷徨し……いずれ来るだろう、終わりを待っていた」
その終わりとは、いつか荒野を出る日を想像してか、朽ちていく自身を指してか。
「なのに――奴と出会った。気がつけば、私達は二人でいたんだ。寄る辺もなく、命だけを預け合い、力を合わせて苦境を生き延びた」
追想に対して声音は淡々と薄く――だけれどそこには確かに、注意を払っていなければ悟れないような、過ぎ去りし時へのわずかな憧憬が混じっていた。
「虚無と静寂に満ちた世界で、私達は生きる理由を知りたかった。そして夢を語り合い、やがて誓い合った。……死に果てたこの星を、必ず蘇らせてみせると。古い人達の時代のような、鮮やかな生命芽吹く大地と空を取り戻す、と」
「……空を、取り戻す……」
「だが、理想の前に立ちはだかったのは、星の過酷な現実。救うべき者を救えず、明日への祈りを失い続け、やがてある時期を境に――私は人々の心を一つにした上での、秩序統制を、奴はより大きな力を用いた、究極の『個』によっての圧制を望んだ。行き着く先にあったのはどうしようもない程の、大きな断絶……そして反発だった」
アイアンホワイトは固い口調で言い、窓から身を離して向き直る。
「何日にもわたる衝突の末……結局袂を分かった。私は人のいる場所を目指し、奴はさらなる荒野の深部へと突き進んで行った。――次に出会ったのは完全な敵同士としてだった」
「そんな……」
右手を持ち上げ、拳を握り込むアイアンホワイト。
「目的は同じだったのに、いつしか私達は、どうしても相容れなくなってしまった。だからこそ、この因縁は私の手で、終わらせなければならないんだ」
その姿からは揺るがぬ決意を感じさせ、ティムはそれ以上何も言えなくなってしまう。
でも。
「それでも……私は二人に、争って欲しくないです」
「……なぜだ?」
フウカの口にした言葉に、アイアンホワイトがそう質問を投げかける。
「ガレクシャスさんは……悪い人じゃないと思いますから」
「どうしてそんな事が言える。奴は前に君を、さらおうとしたんだぞ」
「あはは、それは確かに困った思い出ですけど……でも、そう思える理由は、アイアンホワイトさんにあるからです」
「私に?」
やや面食らった風に、アイアンホワイトが聞き返す。
「はい。なぜなら、ガレクシャスさんを語るあなたが、とても寂しそうで……それなのに、とても優しげな口調だったから、です」
アイアンホワイトは押し黙り、暖かく微笑うフウカから目を逸らさない。
「アイアンホワイトさんもガレクシャスさんも、仲直りして欲しいです。諍いあって、争いあって……それよりも、また二人で同じ夢に向かっていった方が、ずっと良いと思いますから」
何より、とフウカは微笑みを大きくする。
「二人とも、昔よりももっと色々な経験をして、たくさん世界の事を知れたと思うんです――私達みたいに。だから今度お話する時は、また違った結論に至ったりできるんじゃないかな、なんて期待もあるんです」
「……このままでは良くない……と、もちろん私も思っている」
たっぷり数秒をおいて、アイアンホワイトは独白のように答えてから。
「この確執にこだわり続け、平行線だからと放置しておけば、いずれ皆をより危険な局面にさらしかねない。そうなる前にどんな形であれ、奴とは決着をつけたい――……これもいい機会だ。努力は、してみるさ」
「アイアンホワイトさん……!」
「ぼく達も協力するよ! ケンカするより仲良しの方がいいしさ!」
「ワンワン!」
「すまない……本来ならこちらが助力する立場だというのにな。君達に返すべき借りが、また増えてしまいそうだよ」
気にしないでよ、とティムは屈託なくガッツポーズを取った。
「――ぼく達、友達でしょ?」
「友達、か……長い事この仕事をしているが、そんな風に言われたのは初めてだ」
アイアンホワイトはティム達を順に見やって。ワンテンポを挟んでから。
「……ありがとう」
出会った時よりも幾分か柔らかい声調で、そう言った。
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